
なぜ格闘技は「スマホ世代」に選ばれるのか?
確信の背景には、デジタル時代特有の追い風がある。
「ONEが大きく成長した最も大きな理由は、創設から14年の間にスマートフォンとSNSが普及した『ラッキー』によるものです」とチャトリは分析した。
「若い世代は1日20回スマホをチェックし、30秒程度の短いコンテンツを好む。格闘技のキックやパンチは小さなスマホ画面でもはっきり見える。野球やバスケットボールはボールが見えないが、格闘技はモバイルデバイスに最適なスポーツなんです」
ONEは毎週195カ国で生放送を展開し、Facebook、Instagram、TikTokなどのSNSを通じてコンテンツを配信。デジタル視聴者数ではF1やUFCを上回る実績を誇る。ミレニアル世代とZ世代に強く支持され、デジタルの基盤で圧倒的な視聴者基盤を築くことに成功したのだ。
しかし、世界を席巻するまでの道のりは決して平坦ではなかった。
ハーバード・ビジネス・スクールでMBAを取得し、ウォール街でヘッジファンドマネージャーとして活躍していた14年前を、「最初の3年間は毎日が失敗の連続」だったと振り返る。
「100以上の投資家に断られ、テレビ局は『こんなアイデアが成功するはずない』とけんもほろろだった」
断られ続けた日々。しかし、幼い頃から親しんだ武道で培った「折れない心」と「大和魂」が、彼を支えた。
転機が訪れたのは2016年。エレベーターに偶然乗り合わせたシリコンバレーの名門VC「セコイア・キャピタル」の社長が、チャトリが手にするONEの資料に目を止めた。初めての投資額は1億5000万ドル。ここからONEの躍進が始まった。
日本の格闘技文化を世界標準に
そんなONEの日本参入には、チャトリの特別な思い入れがある。
「25年前、PRIDEやK-1は日本のナンバーワンスポーツだった。しかし約5年前、反社会的勢力の問題などが原因でテレビ放映がなくなった。その栄光を取り戻したい」
U-NEXTとの提携により毎週65のイベントを配信し、2024年10月には電通が株主として参画した。ダーティーなイメージで敬遠されがちだった格闘技界に、シンガポール政府やカタール投資庁など世界最高峰の投資家を呼び込んだ実績が、日本市場での信頼構築にも活かされた。
「日本の武道は子供から大人まで家族で楽しめる文化だ。この価値観を世界に発信し、格闘技を再び主流のエンターテインメントにしたい」
ウォール街からリングへ──。母から受け継いだ誇りを胸に、チャトリが描く100億ドル企業への展望は、スポーツビジネスの新たな可能性を示している。アジア発のグローバルブランドで、格闘技界の常識を塗り替える革命は、今まさに加速している。
チャトリ・シットヨートン◎1971年にタイ人の父と日本人の母の間に生まれる。タイ王国籍。タフツ大学経済学部在学中にアジア通貨危機の影響で父の会社が倒産して苦学を強いられるが、99年にハーバード・ビジネス・スクールでMBA(経営学修士)を取得。その後、ヘッジファンド「マーベリック・キャピタル」を経て「イザラ・キャピタル・マネジメント」を設立。現在はシンガポールに拠点を移し、2011年に設立したONEチャンピオンシップの会長兼CEOを務める。


