スポーツ

2025.12.12 17:15

元ヘッジファンドマネージャーが挑む、格闘技界の大改革

「日本の価値観を世界に広めたい」シンガポールに拠点を置く格闘技団体「ONE チャンピオンシップ」(以下、ONE)を創設し、CEOを務めるチャトリ・シットヨートン(以下、チャトリ)は、日本人の母を持つ出自への誇りを胸に、こう語った。ムエタイ40年、柔術20年の経験を有する彼が目指すのは、武道精神を核とした全く新しい格闘技ビジネスモデルの確立だ。


新たなプロスポーツとして急成長した格闘技は、ONEと米国のUltimate Fighting Championship(以下、UFC)が人気を二分している。ONEはイベント内で、ムエタイやグラップリング、ボクシングなど多様な格闘技を展開しており、総合格闘技(以下、MMA)に特化したUFCとその点が大きく異なる。

「UFCはMMAだけ、K-1はキックだけ。我々は世界中のベストな格闘技を扱う『ホーム・オブ・マーシャルアーツ(武術の集合体)』です」とチャトリは説明した。だが、巨大なマーケットを持つ格闘技ビジネスの龍虎の違いは、それだけではない。ONEとUFCを分けるのは、その哲学とブランド戦略だ。

武道精神が生んだ「クリーン」なブランド価値

「UFCはバッドボーイ的なマーケティングを行っているが、我々は180度逆のアプローチをする」

チャトリが断言するように、ONEは武道を背景とした規律や道徳、勇気といった価値観を前面に打ち出している。「アジアには5000年の格闘技、武士道の歴史がある。UFCは毎月のようにドラッグや暴力の問題を起こすが、ONEは13年間選手のスキャンダルがない」と胸を張った。

この「クリーンなイメージ」こそが、ONEのビジネスモデルの核心だ。

従来の格闘技は、若い男性ファン層に偏重していた。しかしONEは武道精神を打ち出すことで、ファミリー層や女性視聴者を取り込むことに成功した。その結果、シンガポール政府系ファンドのテマセクや、シリコンバレーの名門VCセコイア・キャピタル、カタール投資庁など、世界最高峰の投資家を呼び込んだ。

「過去の日本の格闘技界には、ヤクザなど反社会的勢力の関与があった。我々は真面目な会社、真面目なチームとして運営している。だからこそ、世界のベストな投資家から信頼を得られた」

ダーティーなイメージで敬遠されがちだった格闘技界を、クリーンなエンターテインメントビジネスに変革する——。これがチャトリの戦略だった。

現在ONEの収益構造は、他の大手スポーツ団体と同様に、メディア権・コンテンツ収入が約60%、スポンサー収入が約20%、残りがグッズやライセンス収入で構成される。これは、NBA、MLB、F1、チャンピオンズリーグと同じビジネスモデルである。

年間収益は20億ドル規模で、現在までに60億ドルの投資を調達し、企業価値は14億ドル(約2014億円)に成長した。「3〜4年で100億ドル規模への成長を目指す」と野心的な目標を掲げるチャトリの瞳には静かな炎が宿っていた。

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photographs by Yoshinobu Bito / text by Kenji Yoshinaga / edited by Mutsumi Minakawa

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