医学文献が5年ごとに倍増する中、現場の医師がその実用性を認める
OpenEvidenceが取り組んでいる問題は巨大で、しかも悪化の一途をたどっている。医学文献は猛烈な勢いで増加しており、5年ごとに倍増している。これは、遺伝子治療などの新たな治療法が登場し、科学者たちが病気や薬の相互作用の解明を進めているためだ。
そして、この膨大な文献を整理するのは至難の業だ。中には優れた論文もあるが、質の低いものや時代遅れのものも多く、AIが論文の執筆や査読に使われるようになってから、問題はさらに悪化している。その一方、米国の医師たちは人手不足の影響でますます多忙になっており、より良いケアを提供し、医師の負担を軽減する技術を開発するスタートアップにとって大きなチャンスが生まれている。
ChatGPTよりもはるかに正確、しかも無料で利用できる
OpenEvidenceは、医学論文の膨大な情報を整理しようとする初の企業ではない。情報サービス企業ウォルターズ・クルワーの『UpToDate』は数十年前から存在しており、近年では専門家の助言とともにAIも取り入れている。しかし、OpenEvidenceは最初からAIを基盤に据え、臨床現場で差し迫った質問に答える手段を、ChatGPTよりもはるかに正確に提供できるよう設計された初のソフトウェアだ。
医師たちは現在、月間約850万件の診察でOpenEvidenceを利用している。このツールは診断機能を持たないため、脳卒中や敗血症の検出アルゴリズムのように米食品医薬品局(FDA)の承認を必要としない。また、ダウンロードやオンラインでの利用が無料で可能なことから、病院や大規模な医療機関の煩雑で官僚的な導入プロセスを回避でき、それが急速なユーザーの獲得につながっている。
バージニア州リッチモンドの内科医スーザン・ウォルヴァー博士は、このツールの熱心な支持者となっており、事前承認書類の作成や薬剤情報の検索などに日常的に活用している。彼女のこのツールの最も劇的な活用事例としては、最近の国内線フライト中の出来事が挙げられる。免疫不全の乗客がトイレで気を失いかけた際、ウォルヴァー医師はOpenEvidenceを使ってその患者の免疫リスクを調べ、即座に治療方針を立てたという。「このツールは、日々の診療に欠かせないものとなっている」と彼女は語った。
トロントで育った移民二世の連続起業家
ナドラーは、カナダのトロントで育った。彼の両親は第二次世界大戦後の東欧移民で、父親はルーマニア出身で母親はポーランド出身だった。「祖父はアウシュビッツに収容されたが、生き延びた」と彼は語る。「戦争が終わって祖父は米国に渡りたかったが、当時米国は移民を受け入れておらず、カナダにたどり着いた」。
子ども時代のナドラーは競争心が強く、友人とどちらが『ハムレット』の台詞をより多く暗唱できるかを競うなど記憶ゲームに熱中していた。「完全なオタクだった」と彼は言う。メンサ(全人口のうち上位2%のIQを持つ人のグループ)の会員でもあるナドラーは学校生活を退屈に感じており、トロント大学で学士号を取得した後、さらなる挑戦を求めてハーバード大学の大学院に進んだ。
同大学院で彼は、政治経済学で博士号を取得し、クレジット・デリバティブの価格決定メカニズムについての論文を書いた。また、ピューリッツァー賞を受賞した詩人ジョリー・グレアムの下で詩を学び、夢の中で特定の単語を聞かせて意識に影響を与える「Sigmund(シグムンド)」と呼ばれるアプリを開発した。さらには連邦準備制度理事会(FRB)で客員研究員も務めた。
「ウォール街の金融大手向けのマシンラーニングツール」
ナドラーは、年収がわずか2万3500ドル(約347万8000円)の博士課程の学生だった当時に、起業のアイデアを得て最初のスタートアップのKensho(ケンショー)を立ち上げた。彼は、FRBで働いていたときに規制当局が重要な判断を行う際にエクセルのような基本的な表計算ソフトしか使っていないことに愕然としたという。そこでナドラーは、プログラマーのピーター・クルスカルと組み、グーグル検索のように簡単に金融分析ができるアルゴリズムを構築した。2012年にKenshoがテキストベースのチャットボット「ウォーレン(バフェットにちなんで命名)」を発表した当時、AIはまだ学術界のものに過ぎず、現在のようなスタートアップの中心技術ではなかった。「2012年頃には、誰もAIの話なんてしていなかった。ChatGPTが登場したのは、その10年後のことだ」と彼は語る。
「ウォール街の金融大手向けのマシンラーニングツール」というアイデアは評判を呼び、2018年にS&P グローバルは、7億ドル(約1036億円)を投じてKenshoを買収した。リテンションボーナス(買収後も幹部を会社に一定期間引き留めるための報酬)を含むこの取引は、当時としてはAI分野で最大のディールとなった。ナドラーは会社の株20%を保有していたため、一気に富を手にした。


