独自の価値観を追求するAcrew Capitalの設立
2014年、ゴウは独立を決意し、ジェニファー・フォンスタッドと共に「1990年代後半のようなスタートアップを生み出す」という考えのもと、アスペクト・ベンチャーズを共同創業した。彼女はその当時、「アーリーステージの企業にひたすら集中投資する」ファンドという構想を掲げていたと2018年のフォーブスの取材で語っている。ふたりは5年間にわたり共同で同ファンドを運営したが、やがて袂を分かち、それぞれ独自のファームを立ち上げた。
その後ゴウは、専門性の高い投資家としての価値観に合致した「世代を超えて存続するようなファーム」を築きたいと考えるようになったと、Acrew共同創業者のローレン・コロドニーは述べている。Acrewは、ゴウ、ヴィシャル・ルガーニ、アサド・カリク、マーク・クレイナックなどと共同で創業したVCであり、さらにX世代からZ世代まで幅広い年齢層のメンバーが初期チームに含まれていた。「次世代の偉大なベンチャーファームを作るには、投資先の企業とカルチャー面でも深く通じ合うチームが必要だ」とコロドニーは語る。
人は見た目や出自ではなく、実力で評価される
2019年設立のAcrewは、ダイバーシティを中核の価値観に掲げて、ふたつの主要ファンドとともに始動した。同社は、100万ドルから2000万ドル((約1億円から約29億円)をスタートアップに投資し、アーリーステージの企業にはより少額を投じている。Acrewのウェブサイトによると、同社のダイバーシティ・キャピタル・ファンドの投資家の大半は、女性や有色人種、移民など「多様なバックグラウンド」を持つという。このファンドは、多様性のあるチームはより優れた意思決定ができるという仮説に基づき、投資先企業の投資家や取締役会のダイバーシティを高めることで、創業者に多様な視点をもたらし、高いリターンにつなげようとしている。
Acrewは、投資先企業のダイバーシティの到達度に応じて、出資額を決めたり投資割合を決めるようなことはないという。データ保護のスタートアップ企業、HYCUの創業者兼CEOのサイモン・テイラーは、「DEIを重視するテレシア・ゴウのような人物が取締役にいることで、『人は見た目や出自ではなく、実力で評価される』という意識が企業内で強化される」と語る。「DEIというと、特定のグループを優遇するものと考える人もいるが、彼女の場合はまったく異なる。彼女は投資先が多様な人材や取締役、ネットワークにアクセスできるようにしたいだけなのだ」。Acrewは、2022年に同社の5300万ドル(約77億9100万円)のシリーズBを主導している。
歴史的黒人大学(HBCU)の支援というインパクト投資
Acrewのダイバーシティ・キャピタル・ファンドの注目すべき投資家のひとつが、ナッシュビルにある歴史的黒人大学(HBCU)のフィスク大学だ。HBCUは、南北戦争後、アフリカ系アメリカ人を中心に高等教育の機会を提供するため設立された大学・大学群を指す。公民権運動以前の人種隔離政策の中で、黒人学生が高等教育を受けられる唯一の選択肢として発展したという経緯があり、昨今ではマーティン・ルーサー・キング・ジュニア、カマラ・ハリス副大統領といった著名人を輩出したことでも知られる。
2020年、フィスク大学の理事も務める弁護士エド・ジマーマンはゴウに連絡を取り、大学側の費用負担が一切ない形で、フィスク大学をAcrewファンドの出資者として参加させてはどうかと提案した(これはつまり大学に出資枠とその資金を寄付する取り組みだ)。
ゴウは即座に「やりたい」と回答し、同大学に宛てて100万ドル(約1億4700万円)の小切手を書いたという。ジマーマンは、Acrewの資金調達案件で同社の代理人も務めており、自身もAcrewに出資している。彼によれば、ゴウはフィスク大学の最大級の寄付者のひとりになっている。
ジマーマンは、フィスク大学がAcrewのようなVCに出資者として関与することが、投資の成否にかかわらず、大きな意義を持つと語る。「これがベンチャー投資に参加するということだ」という感覚を、大学として実体験できるためだ。
米国の大学の多くは、寄付金などを原資にした長期的な資産運用を行っており、スタンフォード大学のような名門校は、この運用資産が約3700億ドル(約5兆4390億円)にものぼるが、フィスク大学の運用資産は約3700万ドル(約54億3900万円)にとどまっている。そのため、同大学のようなHBCUやその他の小規模大学が、大手VCファンドにアクセスできる機会はこれまでほとんどなかった。
ゴウの取り組みはその後、他のファームやHBCUにも広がり、2023年にはAcrew、ゼネラル・カタリスト、ユニオン・スクエア・ベンチャーズを含む10社のVCと、9校のHBCUが参加する「Historic Fund」が発足した。このファンドでは、大学に対して1000万ドル(約14億7000万円)以上の寄付を行うと同時に、同額を大学名義でファンドに出資する仕組みも整えている。


