温暖化によってサルガッサム海藻が大量発生
1954年から観測が続いているバミューダ周辺の長期データによると、1980年代以降、海水温が約1°C上昇したことがわかっている。一見小さな変化だが、その影響は深刻だ。温かい海水は混ざりにくくなり、深海への酸素供給が減少する。プランクトンに必要な栄養も循環しにくくなる訳だ。結果、海の食物連鎖全体が崩れ始めている。
さらに気候変動が進む中、サルガッサム海藻自体にも異変が起きている。かつては外洋に限られていた海藻が、今ではカリブ海沿岸で異常繁殖し、ホテルが重機でビーチを清掃するほどになっている。腐敗した海藻は温室効果ガスを放出し、炭素の貯蔵庫だったはずの海が、逆に排出源になりつつある。このまま海の酸性化が進めば、海藻が海面に浮かび続ける能力も失われかねず、その恩恵を受ける多くの生物たちの命が危ぶまれている。
静かな海が紡ぐ、気候と命の未来
それでも、希望は海藻とともに漂っている。2014年には「サルガッソー海委員会」が設立され、この特別な生態系を守る取り組みが始まった。サルガッソー海はどの国の領海でもないため、保護は難しく、監視や規制にもコストと政治的なハードルが伴う。だが研究者や保全団体は、小さな対策でも大きな効果を生むと指摘する。たとえば、船の航路を数十キロずらすことやウミガメの産卵期に長い釣り糸の使用を制限すること、保護区を拡大することなど生態系の保護に直結すると挙げられている。
失われるのは生物多様性だけではない。もしサルガッソー海が機能を失えば、ウナギは遺伝子に刻まれた「ふるさと」を失い、ザトウクジラは空っぽの食卓に帰ってくることになるだろう。海流の変化が嵐の進路や降雨パターンを変え、大西洋の温暖化をさらに加速させる可能性もある。
現在、衛星や海洋ブイ、そして60年以上にわたる海水温・塩分の記録によって研究が進められている。これらのデータはサルガッソーだけでなく、地球全体の変化を理解するための鍵になっている。
静けさの中にありながら、サルガッソー海は常に語り続けてきた。命の鼓動、海流の動き、人間の影響。そのすべてを、水面下で記録し続けている。一見するとただの青い海域かもしれない。だがその下には、世界中の生態系や気候とつながる、数えきれない糸が張り巡らされているのだ。
(本稿は英国のテクノロジー特化メディア「Wonderfulengineering.com」5月27日の記事からの翻訳転載である)


