カカオ創業者キム・ボムスの逮捕により陥った混乱
カカオの売上高は、2023年第3四半期に2兆ウォン(約2200億円)でピークを迎えた後に勢いを失い始めた。収益と利益の押し上げを求められる中、創業者キム・ボムスはエンターテインメント事業の積極的な拡大に乗り出した。その後、カカオ株の24%を保有する保有資産が51億ドル(約7446億円)のキムは、人気の男性グループBTSの所属事務所HYBEを率いるビリオネアのパン・シヒョクとの間で、K-POP事務所のSMエンタテインメントの争奪戦に突入した。
この戦いは、最終的にカカオが勝利し、2023年3月に1兆3000億ウォン(約1430億円)でSMエンタテインメントの株式35%を取得したが、検察は長年インターネットの先駆者として称えられてきたキムが、HYBEによる株の取得を妨害するために、株価を不正操作によって吊り上げたと主張。キムは不正行為を全面的に否定したものの、2024年7月に逮捕され、現在は保釈中で裁判を待っている。カカオの社員に向けた声明でキムは「告発は事実ではない。私は違法行為を指示したことも、黙認したことも一切ない」と主張した。
「私はあの時期がカカオの転機になったと考えている」
この買収合戦の最中に、4社のユニコーンを輩出したポートフォリオをもつベンチャー投資家として知られるチョンは、カカオのベンチャーキャピタル部門「カカオベンチャーズ」を率い、同時にカカオ本体の取締役も務めていた。そして、カカオの取締役会は昨年、会社の建て直しに向けてCEOにチョンを抜擢した。「私はあの時期がカカオの転機になったと考えている」と語る彼女は、「危機は刷新のチャンスになり得る」と付け加えた。
チョンの先見的な姿勢は、ボストン・コンサルティング・グループやeBay、ライバルのネイバーへの勤務時代を含む25年にわたるキャリアの中で磨かれてきたものだ。ソウルの延世大学ではフランス文学を専攻(「特に好きだったわけではなく、当時、頭のいい女子学生の間で流行っていたから」という理由だったという)した彼女は、同大学でマーケティングの修士号を取得後に、米ミシガン大学でMBAを修了した。
「好奇心と想像力」が武器に
そして2014年にチョンは、カカオベンチャーズにパートナーとして参加し、4年後にCEOに就任した。10年に及ぶベンチャー部門での経験で彼女が学んだのは、「好奇心とともに想像力を働かせる」ことだったという。「たとえば、当時のアーリーステージの投資の多くは、まだ市場が存在していない分野への投資だった。だからこそ、想像力を駆使する必要があった」と彼女は語る。
その取り組みのひとつつが、韓国のAIチップメーカー「Rebellions(リベリオンズ)」への初期出資だった。カカオベンチャーズは2020年の同社の総額55億ウォン(約6億500万円)のシードラウンドの調達で、20億ウォン(約2億2000万円)を出資した。そして、昨年12月、Rebellionsは韓国初のAIチップ系ユニコーンとなり、約10億ドル(約1460億円)の評価額で、SKグループ傘下の競合チップメーカーと合併した(カカオは現在も出資を維持している)。
今回、チョンによる大型のテック投資戦略が成功する保証はない。業界内では、AIエージェントが実態よりも誇張されており、ユーザーの支持を得られない可能性があるとの懸念もある。実際、フェイスブックが社名をメタに変更し、数兆円規模の投資を行ったメタバース構想が今のところ失敗に終わっているのも記憶に新しい。さらにOpenAIをはじめ、グーグルやアンソロピック、セールスフォースらも消費者や企業向けのAIエージェントを発表しているが、まだ主流とは言いがたい。
また、OpenAIがエージェントの「Kanana」から収集した個人データを活用するにあたっても、制限が加えられている。カカオが懸念を示したことを受けて実施された政府の審査により、OpenAIはKananaエージェントを通じて収集した個人情報(銀行口座やクレジットカード情報)を利用する際に制限を受けることになった。韓国の個人情報保護委員会の判断により、チャットデータはカカオが管理するデータベースに保存され、OpenAIが商業目的で利用することは認められていない。
「AI投資」掲げる新政権誕生で株価が急騰
一方、低迷していたカカオの株価は、「AIに100兆ウォン(約11兆円)を投資し、国内のインターネット大手を支援する」という公約を掲げて当選した新大統領のイ・ジェミョン(李在明)政権の発足を受けて85%以上も急騰した。また、企業によるウォン建てステーブルコインの発行を認める法案が検討されていることから、カカオの決済子会社「カカオペイ」が最大の恩恵を受けるとの期待からも株価は上昇したが、その後は、規制当局がステーブルコインに関するリスクを指摘したことで急落した。
チョンはそうした困難にも立ち向かえる粘り強さと才覚を持ち合わせているが、さらにここで強みとなるのが、想像力を用いて先を読む力だ。「この力は、とても重要なツールになる。特に新しい時代が訪れるときには」と彼女は語った。


