専門職や高度技能職の労働者を念頭に、筆者はここで、かねて提唱してきた「One Man and His Dog(人間と犬)」仮説を、専門職の人によるAI活用方法のモデルとしてあらためて提起したい。仮説の名前は、牧羊犬(シープドッグ)コンテストを題材とし、英国でカルト的人気を誇ったテレビ番組にちなむ。ここでの「犬」は、人間を助けて複雑な課題を解決する知的な非人間の存在、つまりAIのことだ。犬と同じように、AIも扱い方を誤ったり、刺激を与えすぎたりすれば、“噛みつく”こともある。けれども基本的には、AIは牧羊犬のように、専門職(医師、研究者、あるいは特殊部隊員など)が仕事をより能率的に行うのを支援できるというのが、この仮説の考え方だ。
労働市場について懸念する人たちはむしろ債務や、先進国の危うい財政状況にこそ目を向けるべきだろう。2008年の世界金融危機は、債務が深刻な景気後退(リセッション)を引き起こし、数千万人の雇用を失わせることがあることをまざまざと示した。こうした観点から見ると、トランプ肝煎りの大型の減税・歳出法「一つの壮麗な法」はますます大きな議論を呼びそうだし、米国に必要なのはまったく異なる財政アプローチだと言えるだろう。
バンスのヒルビリー・エレジーから読み取れる教訓は、グローバリゼーションの恩恵は米国において、ニューヨークの銀行家、ボストンの科学者、あるいはカリフォルニアのテック企業など、ごく一部の個人や企業にしか行き渡らなかったということである。おそらく、彼らは本来もっと高い税金を払うべきだったし、その税収を全米各地の教育、職業訓練、インフラに充てるべきだった。
同じ論理はAIにも当てはまる。AIの場合も、商業的な利益がごく少数の人たちに集中する一方、労働市場への副作用に適応するために何百万、何千万という労働者が支援を必要することになるだろう。債務の見通しはこの問題をさらに悪化させる。一つの壮麗な法は(議会予算局の試算では)米国の債務を2034年までに3兆4000億ドル(約500兆円)も増やすとされ、これは米国の財政を破綻させるだけでなく労働市場も壊しかねない。


