マーケティング

2025.07.14 07:45

消費者が「心が動く」体験にお金を払う意味 心を掴むビジネス戦略

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この視点で考えれば、「泣ける」という体験もまた、「悲しいから泣く」のではなく、「心が揺れ動いたから涙が出る」。

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そしてその動きをわたしたちの脳が「これはよかった体験だ」と意味づけることで、「泣けてよかった」「また観たい」という感覚が生まれているのです。

わたしたちは「感情の揺れ」を買っている

この「構成される感情」の考え方に基づけば、わたしたちが「泣けるコンテンツ」をわざわざ選び、お金を払ってまで体験しようとする理由も明確になります。

それは、「感情が動く」ということ自体が、わたしたちにとってのごほうびだからです。

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実際、現代の脳科学でも、感情が大きく揺れ動いたときには、脳の報酬系と呼ばれる部位が活性化することがわかっています。わたしたちは「楽しかった」や「うれしかった」といった感情だけでなく、強く心が動いたというプロセスそのものに快を感じるよう設計されているのです。

言い換えれば、「泣ける」ことの本質は「悲しみ」ではなく、「動いた感情の量」にあります。そしてその動きに対して、わたしたちはお金を支払ったり、時間を費やしたりしているのです。

つまり、泣けるコンテンツとはまさに「感情を動かす」というサービスを提供してくれる商品なのです。

ここでちょっとお話ししておきたいのが、うつの話です。

うつ病になると何がつらいのかご存じでしょうか。実際にうつ病になったことのない人は、「ネガティブな感情に支配されることではないか」と直感的に思うかもしれません。しかし、実はうつ病になると感情がネガティブになり、その状態から「まったく動かない」のがつらいといいます。

もうそこから、上にも下にも行けない。心の振れ幅が失われ、何を見ても何を聞いてもすべてが平坦になる。

最近の研究では、「感情の振れ幅が極端に狭くなっている状態」が、うつの本質的な症状の一つと考えられています。

言い換えれば、人は感情が動くことではじめて「生きている実感」を得られる。

そして、その感情の動きがときに涙を誘い、ときに心を震わせ、「泣ける」というポジティブな体験になっているわけです。

このように見ると、わたしたちは「感情がちゃんと動く」という快と報酬を求めているとわかります。

「動く感情」は、生きることそのものなのです。

だからこそ、これは「泣ける」だけに限らない話でもあります。

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文=石津智大/関西大学文学部心理学専修教授

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