シリコンバレーでは、はったりが通用する。世界の経済大国がしのぎを削る貿易交渉の舞台では、そうはいかない。実際、日本や韓国は、トランプ政権が二国間貿易協定の締結が数日後に迫っていると主張するたびに驚きを表明している。
中でも中国の習近平国家主席は本気だ。早い段階で譲歩案を提示し、トランプやその取り巻きたちを苛立たせた。中国に145%の関税を課すというトランプの対応は、米国の信用や評判に影を落としただけだった。その後、関税率を30%に引き下げたものの、トランプが考えていたであろう交渉のインセンティブにはなっていない。
要するに、習はトランプの狙いを見抜いているのだ。毛沢東以来最も強い影響力をもつ中国の指導者である習は、トランプが中国との貿易協定をどれだけ切望しているかを──それこそどんな内容でもいいから合意にこぎつけたいと思っていることを知っている。関税が引き起こしている高インフレなどの痛みを考えれば、トランプは面子を保つために中国相手に「大安売り」をせざるを得ない。習はトランプに救いの手を差し伸べるだろうか?
おそらくラトニックが声高に主張する米中の「関税休戦」は、体面を保つための儀式にすぎず、二大経済大国の間の貿易力学を変えることはほとんどないだろう。結局のところ習は、合意を必要としているのは自分よりもトランプであるとわかっている。中国の利益のために交渉を長引かせない手はない。
どのみち、うわべだけの貿易協定ならトランプの得意とするところだ。トランプが支持者に対して、自分が土壇場で問題を解決したのだと主張できさえすれば、それでいいのだ。2017~21年の第1期トランプ政権を動かしていたのは、たしかにそういう力学だった。
一連の貿易協議は、輸出入を管理する枠組みの画期的な再編というよりも、こうした形式的な交渉に終わる可能性が高い。中国はそれを分かっているし、他のアジア諸国も同様だろう。ならば、時間をかけてトランプを焦らし、ホワイトハウスから引き出せるだけの譲歩を引き出したほうがいいに決まっている。
アジア諸国は、第2期トランプ政権を相手にこれまでうまく乗り切ってきた。今になって軌道修正する必要がどこにあるというのか。


