ドナルド・トランプ米大統領は「交渉の名手」を標榜し、いかにもそうした振る舞いを好むが、アジア諸国には易々とその手に乗る気はなさそうだ。そして、トランプ自身もそれに気づきつつある。
日本を見れば一目瞭然だ──トランプは簡単に篭絡できる相手だと高を括っていたようだが。もっとも、政権1期目にトランプが相対した日本の首脳の米国追従ぶりを思えば、このこと自体は決して不条理な期待ではなかった。当時の安倍晋三首相は、トランプをノーベル平和賞候補に推薦したとも伝えられている。
現職の石破茂首相は、はるかに従順ではないことが明らかになった。トランプが切望する勝利を、なかなかその手に掴ませようとはしない。トランプの大統領就任から本記事執筆時点で159日が経過したが、注目に値する貿易協定はまだ1つも締結できていない。政権側は90日間で90件締結すると大口を叩いたにもかかわらずだ。
英国とは合意に至ったものの、もともと米国が貿易黒字を計上している相手であり、どちらかといえば形式的なものだ。経済関係の再編とはとても言えない。
トランプは日本という籠にずいぶんたくさんの卵を入れたようだ。石破政権は交渉を長引かせ、トランプワールド(トランプ政権関係者や側近ら)が予想だにしなかった方法で抵抗している。
韓国も協定締結を急いでいない。対米関税交渉を担う呂翰九(ヨ・ハング)通商交渉本部長は、自動車や鉄鋼などの主要分野に対する関税免除を望むと主張している。でなければ意味がないからだ。
韓国側は、関税よりも、製造業や先端技術に関して米国と前向きな協力を行いたいと強調している。つまり、トランプが関税を撤廃するなら、誠意の証として韓国は話し合いに応じるということである。
一方、インドはトランプ政権に対し、自動車や鉄鋼に対する部門別関税や相互関税を免除するよう働きかけている。言い換えれば、ナレンドラ・モディ首相はトランプの揺さぶりを拒否し、互恵的な取引を求めているのだ。
そして中国は、見ていて痛々しいほどトランプの裏をかき続けている。ハワード・ラトニック米商務長官は、米中両国が貿易協議の合意文書に署名したと主張しているが、その実態がどんなものであれ、中国側の当局者はほとんど何も口にしていない点に注目してほしい。