宇野はその後、ストリーミング事業にさらに傾注し、2005年には社名を「USEN」に変更。広告収入によって運営される無料の動画ストリーミングサービス「GyaO」を立ち上げて国内のテレビ番組や映画、さらには海外作品も配信した。その2年後には、U-NEXTの前身となる有料のサブスクリプションサービス「GyaO NEXT」を始動した(GyaOに興味を持ったヤフージャパンは、このプラットフォームを日本最大級の動画配信プラットフォームにすることを目指し、2009年に5億3000万円で51%の株式を取得した)。
しかし、その後の世界的な金融危機の訪れで、その当時の社名をUSENとした同社の事業は苦戦した。2009年8月までの2年間で、同社は合計1130億円以上の損失を計上したが、これは主に、宇野が進めた積極的な買収が原因だった。この買収には、人材サービスのインテリジェンスや、カラオケ機器および音楽流通会社のBMBが含まれていた。そして、資金の借入先の銀行から返済を求められた宇野は、グループ内の事業を次々と売却。2010年に辞任に追い込まれた。
不屈の起業家精神
一方、2000年にインテリジェンスをジャスダックに上場させた宇野は、2009年に同社をUSENの子会社にしたが、その翌年にはプライベートエクイティ(PE)ファンドのKKRに325億円で売却を余儀なくされた。2020年の児玉博によるノンフィクション作品『起業家の勇気 USEN宇野康秀とベンチャーの興亡』によれば、財務状況の悪化を懸念した銀行側は、債務の返済と宇野の退任を強く求めていたという。
宇野はその後のメディアの取材に、当時の苦しみを明かしていたが、今では自身の率直さが評価されているとも語る。「私は、人からよく『勇気づけられました』と言われます」と宇野は語る。「人は、ストレートに成功を収めた経営者よりも、さまざまな挫折を経験した経営者からより多くを学べるものです」
USENを離れるにあたり、宇野は会社と交渉を重ねた末に赤字だった映像配信事業と個人向け光回線販売事業を、1000万円で譲渡された。この2つの事業は「U-NEXT」と呼ばれる新会社として、USENから分社化された。
これは宇野にとって良いタイミングだった。日本でネットの普及が進む中、これらの事業は次第に成長した。そして2014年に宇野は、U-NEXTを東京証券取引所の新興企業向け市場「マザーズ」に上場させた。
成長軌道に乗ったストリーミング
2017年になると宇野は、U-NEXTの3分の2近くの持ち株と、その当時まだ保有していた約30%のUSENの株を用いた複雑な合併プロセスを経て、USENの経営権とCEOの座を取り戻した。これにより、彼は最終的にUSENとU-NEXTの統合会社である「USEN-NEXTホールディングス」の約70%の株式を保有するに至り、昨年には社名を「U-NEXTホールディングス」に改めた(現状の宇野の持ち分は60%を下回る)。
宇野は今、コロナ禍の後押しで成長した日本のストリーミング市場が、再び成長軌道に乗ると考えている。GEMパートナーズも、昨年5260億円だったこの市場の売上高が2029年までに約50%成長し、7900億円近くに達すると予測している。


