山内は、いうなれば、京都の菊浜というエリアに思想や価値観、アイデアなどが生まれる生態系をつくり、その生態系を目当てに知的好奇心を刺激された才能がさらに集まってくるエコシステムをつくろうとしているのだ。では、経済的な支援を行うのかといえばそうではない。あくまで知的欲求心を満たすような場所、コミュニティづくりに徹する。
そんなにユニークな人が見つかるものかと聞いてみると、やはり、なかなか難しいという。ただ、任天堂の世界的な知名度が助けてくれる面も大いにある。「例えば米国の企業で、マンモスを復活させようとしている会社があり、すでに約15000年前の狼に近い種を化石から復活させています。こうした面白いことに挑戦する人を呼ぶのに、任天堂という名前が求心力になっています。ただ、本当に異能が集まっているのかどうか半信半疑な人も多く、ここに来るまで詐欺ではないかと疑っていた人もいました(笑)」
任天堂が新しい価値を世界に発信したように、山内もまた、京都から新しい価値を発信している。どんなところに任天堂とYFOに共通するDNAがあるのかを尋ねると、それは「独創による独走」だと表現する。背景には山内溥の「任天堂は喧嘩が弱いから、なるべく喧嘩せんでも勝てるようにしろ」という言葉がある。小さい会社だった任天堂が、資本力や価格競争では勝てないので、人がマネできないもの、人が考えつかないことで、自分たちのポジションをつくってきたことから生まれた考え方だ。だから山内の取り組みも「すぐにお金を生むわけではないですが、異能異才が集まることで情報や意見が交換されたり、あるいはプロジェクトが生まれたりする。それをプロデュースすることで、新たな山内家のアイデンティティをつくっていきたい」という。
一方、有形資産も無形資産を支えるだけが目的ではなく、日本にインパクトを与えるために行う。「我々のようなファミリーオフィスや財団が、アートでも福祉でも教育でもいいので、お金をまわしていくことは、結果的に、この国全体の血の巡りを良くすることにつながる」という考えだ。運用面でも日本に経済的インパクトをもたらすように、次のふたつの戦略で行っている。ひとつが先に述べたタイヨウ・パシフィック・パートナーズを通じた日本の上場企業に対する投資。そして、もうひとつの戦略がグローバルなスタートアップへの投資で、北米を中心に創業初期の段階からの投資を行う。例えば細胞培養による人工加工肉を製造するミッション・バーンズという会社は、日本の厚生労働省にあたる米国食品医薬品局から販売許可を同国でいちはやく取得している。オーストラリアのアースAIというドローンとAIの解析で鉱脈探索を行う会社は、従来ギャンブル性の高かったビジネスに確実性をもち込み、最近では探索を行った4件中すべてで鉱物を見つけた。こうした最先端技術へのネットワークと、日本の上場企業とを橋渡しすることで、今後日本に新しい産業を生み出していくことも、山内が目指すことのひとつだ。


