モンゴルを旅する季節がやってきた。草原が緑に染まり、高原植物の花々が咲き乱れるこの時期、1年で最も盛り上がるイベントがいよいよ始まるからだ。
そういう話をすると、モンゴル相撲や競馬、アーチェリーの3種の競技でにぎわう民族の祭典「ナダム」のことを思い浮かべる人も多いだろう。
確かにナダムも素晴らしいイベントなのだが、毎年、恒例となった世界最大の草原を舞台としたミュージックフェス「プレイタイム」がこの時期に開催されることはあまり知られていないかもしれない。筆者は、ちょうど1年前、このプレイタイムに参加したので、まだ訪れたことのない人のためにレポートしたい。
注目はモンゴルのラッパーたち
首都ウランバートルから東へ約50キロ離れたナライハ区にある特設会場の周辺は、地の果てまで続く草原だ。無数の旗がたなびき、テントの並ぶ会場らしき場所が遠くにおぼろげに見えたのだが、筆者が乗ったバスは草原にできた轍の跡をいくら走り続けても、なかなか到着しなかった。
すぐ先に見えているのに、いつまでかかるのかと思った。モンゴル草原のスケール感は日本人の想像などはるかに超えていて、リアルな距離感というものを喪失してしまう。
会場に到着すると、思い思いにデザインされた大小の野外やテントのステージが15カ所も設置されていた。それぞれのステージでは、国内外から駆けつけたアーティストたちが代わる代わるライブを行うのだ。
音楽のジャンルも多様で、ハードコアロック、オルタナティブ、エクスペリメンタル、そして最も注目すべきは、世界的に知られるモンゴルのヒップホップのラッパーたちのパフォーマンスだ。
会場には午後3時頃には到着していたのだが、まだライブは始まっていなかった。あとで知った話だが、演奏は夕暮れ近くになってからおもむろに始まるのだという。昼間はアーティストもオーディエンスも午睡タイムだったようだ。
広い会場をひと歩きしたあと、屋台の前で炭火焼きされるショルログ(羊肉串)をつまみに、モンゴルビールの「アルタイ・ゴビ」を飲んだ。こうしてのんびり過ごすのは悪くはなかった。
長い日がようやく傾き、空が赤紫に染まり始める頃、誰が合図したわけでもないのだが、次々と各ステージでライブが始まった。
重低音が轟くハードロック、シンセサイザーの電子音と天空に向けて発射されるビームが交錯するステージ、DJミュージックに合わせて身をくねらせて踊る若い男女ですし詰め状態の特設クラブもあった。アコースティックギターを弾きながら歌う、地元のガールズポップのミニライブの曲も印象に残った。
圧巻は、地元モンゴルのラッパーたちのライブだった。文化人類学者で『ヒップホップ・モンゴリア 韻がつむぐ人類学』(青土社)などの著書を持つ、国立民族学博物館の島村一平教授が解説するように、モンゴル語特有の破裂音や摩擦音をリズミカルに韻をふんで重ねていく、力強く叩き込まれるようなラップの迫力には引き込まれた。周囲にいるモンゴルの若者たちは、深夜までステージの前から離れようとしなかった。
その場で起きていることに身を任せているだけで、十分すぎるほど楽しかった。モンゴル草原の夏の夜は20度前後と涼しくて過ごしやすい。海でも山でもない、このような心地よい夏の体験は初めてだと思った。



