こうした残念な反応は、社会心理学者が「感情の伝染」と呼ぶ現象の結果として生じたものだ。『Frontiers in Psychology』に掲載された2021年の論文の説明を引用すると、感情の伝染とは社会現象となった出来事がまるでインフルエンザウイルスのように感情を伝染させ、これによって人々が同時発生的に、同じような対応や行動をとるというものだ。
この観点から見ると『ジョーズ』は、社会に広まるモラルパニック(社会秩序への脅威とみなされた特定のグループに対して、多数の人々が表出する激しい感情)の触媒になったといえる。この映画は、恐怖の感情をあまりに根深く植え付けたため、事実関係や論理が凌駕されてしまった。人々は、映画としての『ジョーズ』に反応するのではなく、あるいは自然界に生きる生物種としてのサメに反応するのでもなく、頭の中に生まれた「サメ」という概念に反応するようになり始めた。
サメの襲撃が当時は(そして今でも)統計的には稀な事象であることも、こうした反応には関係なかった。この映画がもたらした心理的重みによって、サメの襲撃はさし迫った、どこでも起きかねない危機として感じられるようになったのだ。
それから50年が経った今でも、『ジョーズ』の恐怖はいまだに健在だ。そのこと自体が、この作品が引き起こした恐怖の感情がいかに普遍的で、時代を超えたものであるかを証明している。
『ジョーズ』は、私たち人間が感じるサメや海への恐怖心をまったく新たに作り出したわけではないが、こうした恐怖に形を与えたことは間違いない。そしてその恐怖を、称賛と非難の両方を受けてしかるべきかたちで増幅したのだ。


