一方、「BUTTER」のヒロイン町田里佳は、女性初のデスク(編集長)の座を目標に、取材に明け暮れる週刊誌の記者である。孤独な男たちを次々手玉にとり、財産を巻き上げては死に追いやったとして逮捕された「カジマナ」こと梶井真奈子への関心を募らせる彼女は、学生時代からの親友伶子の助言を得て、拘置所の容疑者に面会できることになった。しかし、食へのこだわりを懇々と説く相手の話に耳を傾けるうち、里佳は心ばかりか自分の体までもが変わり始めたことに気づく。
物語の中心を占める悪女カジマナのモデルは、平成の毒婦と騒がれ、首都圏連続不審死事件で死刑判決を受けた木嶋佳苗である。獄中の人物との対話が主人公を大きく変えていく展開は、「羊たちの沈黙」のレクター博士とクラリス捜査官の関係を思い出させるが、火花を散らす女たちの心理戦は、やがて里佳の親友を交えての3つ巴となり、予測不能の確執のドラマへとなだれ込んでいく。
海外での高評価がノミネートに
バイオレンスとアクションで畳み掛ける王谷晶と、知らぬ間に読者を物語の深淵に引き摺り込む柚月麻子の作品では、明らかに小説のタイプが異なるが、先に触れたようにミステリの専業作家でない2人は、自身の持ち味とミステリ要素のシナジーで絶妙の相乗効果を挙げている。
両者の共通項は、ジェンダー文学として、いずれも女性たちのエンパワーメントの逞しさに溢れている点で、「ババヤガの夜」では、交わる筈のなかった2つの人生が交錯し、当人たちの生き方に決定的な変転をもたらす。
また「BUTTER」では、友情の絆さえも焼き尽くしかねない激しい葛藤の炎が、女性たちの人生を大きく塗り替えていく。どちらの物語も、時に狭隘で卑小な男性社会を嗤う痛快さがあり、女性たちの芯の強さを象徴する「シスターフッド」という言葉すらも、生やさしいものに映るほどの迫力に満ちている。
海外での出版以来、両作はメディアのブック・レビューや数々のアワードなどで、多岐かつ広範にわたる支持を集めてきた。今回のダガー賞ノミネートは、それら一連の高評価の延長上にあって、両作のエンタテインメント文学としてのリーダビリティに太鼓判を押すものといえるだろう。
ロンドンでの受賞作発表は、現地時間で7月3日夕刻と予告されている。日本発の異色の犯罪小説が、異なる言語と文化の壁に、大きな風穴を空けてくれることを心から期待したい。


