誰かのために頑張りたくても、人生を賭けるべき対象を見つけられない。行き場を失ったエネルギーは、環境への反発と自分への嫌悪感に変わった。教授が一方的にしゃべる講義スタイルや消極的な学生にいら立ちを覚えた。そうした環境のせいにする自分も情けなかった。再起のきっかけは、母親の言葉だった。
「一時帰国をしたウクライナから日本に戻る空港で号泣していたんです。その時、母がそんなに嫌ならもう行かなくても良いよ、と言ってくれた。天邪鬼で負けず嫌いな私は、その言葉を聞いて、もう一度、日本に戻る。何かひとつでも誇れるものを残そうと決意しました」
「誰かのために頑張る」という気持ちが失われたわけではない。ただ、その「誰か」と「方法」を見つけられずにいただけだった。
「諦めずに継続していれば、成功体験が積み上がって遠くまで行けるということを、空手が教えてくれた。だから、頑張る何かが見つかれば未来は開けるはずだと、信じることにしました」
新たな使命との出合い
日本に戻ってからは、「次の目的」を探すために、さまざまな経験を積んでいった。模擬裁判やボランティアなどに参加するなかで、とりわけ印象的だったのが、米シリコンバレーへの短期留学だ。新たな企業が次々と誕生し、毎日たくさんのプロダクトが世に送り出されていく。その現場は刺激的で、気づけば起業のための社会課題を探していた。
そして同じころ、親族が不幸に見舞われてしまう。妊娠していた従姉妹が妊娠合併症から産前うつになり、第2子が産後に亡くなってしまった。産前うつは、適切な知識があれば対処できるが、情報不足が招いた悲劇だった。調べると、生理や妊娠・出産、更年期障害など、女性の健康領域におけるデータや情報が圧倒的に不足していることがわかった。特に日本では、他国よりも遅れていた。
自身が経験したうつ症状も、情報があれば対処できたかもしれなかった。空手の引退後、徐々に運動量を減らしていくべきだったが、当時は知識がなく、いきなり運動をやめてしまった。断定はできないが、それがうつと関係している可能性はある。起業を決めたのは、オリンピック出場を逃してから2年後、20年のことだった。
創業から5年、女性の生理周期や更年期症状を管理するアプリ「Moonly」は15万ダウンロードを突破。法人向けの従業員の健康管理サービス「Wellflow」は70社以上に導入されている。23年末には豊田通商と資本業務提携を結び、シリーズAで1.5億円を調達した。
空手に出合い、フェムテックで起業した過程を振り返りながら、アンナは15歳の若者にこんなメッセージを送る。
「環境や見た目など、自分で変えられないことではなく、自分にできることに目を向ける。そして、外に出て経験を積む。このふたつの大切さを学びました。だから15歳のみんなも、周りの視線ではなく、自分が熱中できることを見つけて、努力を続けてみてください」
人生に「目的」があるとするならば、それは誰かに与えられるものではなく、自ら見つけ出すものだろう。ただ待っているだけでは、人生を切り開くことはできない。アンナのストーリーは、そんな現実に気づかせてくれる。
アンナ・クレシェンコ◎1996年、ウクライナ生まれ。16歳でウクライナ代表として空手の世界大会に出場し、当時の最年少記録を樹立。国立オデッサ大学卒業後、2017年日本に留学。20年にFlora創業。22年、京都府総合計画策定検討委員会の委員に就任。


