私は以前から、佐野文彦氏の存在を知っている。建築家・美術家として国内外で精力的に活動する姿は、アートレセプションやクリエイターの集まりなどで目にすることが多かった。そんな佐野氏と、思いがけない場で再会した。日本IBMが提供するスタートアップアクセラレーションプログラム「IBM BlueHub プログラム in Kyoto」のキックオフだ。なぜ彼がスタートアップ支援プログラムに参加しているのか。興味を持って話を聞いてみると、そこには建築家として木材を扱い続けてきた彼だからこそ見えている、日本の森林資源に関する深い課題があった。
彼は今、その課題に真正面から向き合い、日本文化を未来へつなぐ「森林資産」スキームの構築に挑んでいる。建築の枠を超えて、林業と金融をつなぐ新たな仕組みを構想しているのだ。なぜ建築家が金融スキームの設計に挑むのか。その背景には、長年木と向き合ってきた職人としての確かな問題意識があった。
建築家が見た、木材流通の「巨大なギャップ」──高級材と「在庫一掃セールのような林業」
佐野文彦氏が森林問題に深い関心を抱くようになったのは、建築家として日々扱っている木材と、実際に日本の山で育つ木材との間にあるギャップに気づいたことがきっかけだった。
「僕たちは当たり前のように200年、300年ものの木を使っているんです。たとえば、高級旅館や料亭のヒノキのカウンター材などは、たった1枚の板で高いものであれば1000万円を超える値がつくこともあります。ビズリーチのオフィスや西麻布の日本料理「ときわ」、岡山「はむら」など、一流飲食店の空間設計でも、そうした特別な木を探してきて使ってきました」
一方で、木材の現場で目にする現実はまるで別世界だという。
「木材の競り市場では、50年育てた丸太が3本束になって7000円とか8000円。サイズは4メートルで直径40センチ。こんな金額では山からの搬出コストすら賄えない。これじゃ誰も林業を続けようなんて思わなくなるのは当然です」



