インタビューを終えて
税の使われ方に厳しい世の中では、教育も進化していく
「もし5兆円の教育予算を自由に配分できるとしたら、何に投資しますか?」
取材の後半、私はこう質問した。5兆円とは文科省の年間予算規模だ。教育経済学、それは教育の資源配分を専門とする学問。目の前の学生たちと向き合うミクロの観点、それはもちろん大事だ。一方で税金を使うという政策観点でいうと「資源配分」が肝であるのは言うまでもない。教育を語るには、この当事者としてのミクロの視点と、経済的な側面でマクロな視点の両立が必要になるのだろう。
実際、教育経済学者の中室牧子教授は「大学で教育として学生に向き合う際には、難しい概念を語るつもりはなく、愛をもって向き合うことのほうが大事」と語っていた。マクロとミクロ、この両方が必要、と教育経済学の専門家が語るのは非常に説得力がある、と私は感じた。
冒頭の「もし国の教育戦略を意思決定できるとしたら何をするのか」というマクロの質問に、中室教授は「デジタルと教材への投資」と答えた。また、今の教育現場には「世代の分断」があるという。中間層にあたる30代~40代が極端に少なく、20代と50代が多い。結果、企業でいうミドルマネジャーが足りずに、現場の育成や文化醸成が十分に進んでいない。
日本では「教育が課題だ!」としばしば安易に語られやすい。だが、その課題を「具体的にどんな優先順位で、どう解決していくべきか」に回答するのは一筋縄にはいかない。その答えを出すのが教育経済学なのだろう。この学問の根底には、教育とは投資である、という考え方がある。1円投資したら何円返ってくるのか、期待値を明らかにする。教育というと、ついつい曖昧で定性的なリターンを求めがちになる。ただそれは予算配分を決める政策の場では、明らかにおかしい。
今、世の中は「税のあり方、使われ方」が以前より強く問われる時代になった。理由のひとつはコロナの経験だろう。コロナという未曾有の事態のなかで「給付金」や「マスク配布」といった施策の効果が疑問視された。まさに「なんとなくいいこと」に税を使われることに市民から疑問符がつくようになった。5兆円という教育予算も同じだ。これは日本の社会が進化するうえでいいことなのだろう。
「もしかしたら、教育が変わる。その土台は整いつつあるのかもしれない」。中室教授の話を聞きながら、私はそう実感した。

北野唯我◎1987年、兵庫県生まれ。作家、ワンキャリア取締役CSO。神戸大学経営学部卒業。博報堂へ入社し、経営企画局・経理財務局で勤務。ボストンコンサルティンググループを経て、2016年、ワンキャリアに参画。子会社の代表取締役、社外IT企業の戦略顧問などを兼務し、20年1月から現職。著書『転職の思考法』『天才を殺す凡人』『仕事の教科書』ほか。近著は『採用の問題解決』。


