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世界37カ国、700万人が愛読する経済誌の日本版

pinkypills / Bigstock

「権力」というものの持つ「危うさ」を教えてくれる小話がある。
 
ある国で、軍事クーデターが起こった。クーデターの首謀者である将軍は、民政を倒して独裁体制を敷いたのだが、そのクーデターを国民が支持しているかが気になった。
 
そこで、その将軍は、年寄りの労働者に変装し、多くの人々の集まる映画館に行ってみた。映画の前のニュース放映のとき、最近のクーデターが報道され、画面には、戦車に乗った将軍が登場した。すると、映画館にいた観客は、全員総立ちになり、将軍を誉め讃える拍手を送った。
 
満場の観客が拍手する姿を見て、「このクーデターは、国民から支持されている」と感激して椅子に座り込んでいた将軍に、隣で立って拍手をしていた若い労働者が、囁いた。
 
おい、じいさん、拍手しな。拍手しないと、殺されるぜ。
 
思わず笑いを誘うこの小話。しかし、一人の経営者としてこの話を読むとき、それが、政治についての風刺であることを超え、経営についての警句であることに気がつく。
 
なぜなら、経営というものの本質は、究極、人事権を含めた「権力の行使」であり、経営者が、その権力の危うさに気がつかず、無意識にその力を振り回すと、それは、必ずと言って良いほど、部下や社員から「社長の好む意見」を引き出してしまうからである。
 
もとより、賢明な経営者は、そうした「自分の持つ権力の危うさ」を知っており、それゆえにこそ、自身の傍に、「耳の痛い意見」「不愉快な意見」「自分の意に沿わない意見」を述べる部下を、意識的に置いておく。
 
かつて仕事において深い縁を得た、ある商社の経営トップは、「私は、いつも、可愛げの無い部下を、傍に置いておく。耳の痛いことを言う部下を、傍に置いておく」「経営会議で、全員が賛成ならば、私は、決めない。そんな意思決定は、危ない」と語っていたが、この日本では、昔から、こうした経営者を、「器の大きな経営者」と評していた。
 
では、経営者の「器の大きさ」とは何か?
 
それは、決して、「耳の痛い意見でも、不愉快な意見でも、我慢して聴く力」のことではない。それは、我々経営者の心の中にある「エゴ」の大きさのことであろう。
 
誰といえども、部下から「耳の痛い意見」「不愉快な意見」を言われて、心に波風の立たない人間はいない。誰といえども、心の中には、自分の正しさを認められたい、自分の立場を守りたい、といった「小さなエゴ」があるからだ。そして、その「小さなエゴ」が心を占めてしまうと、その部下の意見を、一度、深く受け止めてみるということができず、その意見に耳を閉ざしてしまう。
 
しかし、我々経営者の中には、もう一つの「エゴ」がある。それは、自分の至らぬところを認め、自身のさらなる人間成長を求める「大きなエゴ」であり、「部下や社員の気持ちや立場を理解し、周りの人々を心で包み込める人間へと成長していきたい」という願いを持ったエゴである。
 
経営者の「器の大きさ」とは、畢竟、その心の中にある、この「大きなエゴ」のことであろう。
 
先ほど述べた商社の経営トップに、ある案件で、迷惑をかけたことがあった。そのことを詫びに伺ったとき、開口一番、その経営トップが口にした言葉が、いまも心に残っている。

「いや、あなたこそ、大変なご苦労をされたのではないですか」

まず、相手の立場を思いやる。まさに、経営者の「器の大きさ」を見せて頂いた瞬間であった。

文 = 田坂広志

 

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