現実主義か融和策か
自身の提案についてトランプ大統領は、関与を通じた平和戦略と位置付けたが、これは外交を装った融和策だとの批判も上がっている。関与は決して原則を犠牲にしてはならない。米シンクタンク「外交問題評議会(CFR)」は、対象を絞った制裁と排除は国際規範を維持し、不処罰を抑止するための重要な手段だとしている。
排除には現実的な側面もある。同盟は、内部の結束と価値観の共有によって強さを発揮する。価値観が相いれない独裁国家を受け入れるためにこうした原則を弱めることは、機能不全とイデオロギーの漂流を招く。歴史を見れば、融和策が平和を生むことはまれで、むしろ侵略を助長するだけだということが分かるだろう。
G7は単なる経済大国の集まりではなく、倫理的価値観を共有することを宣言している。こうした価値観を拒否する国を含めることは、利便性が説明責任より優先され、権力が原則に影を落とすという危険な信号を送ることになる。
トランプ大統領の提案が通った場合に何が起こるのか
もしトランプ大統領の提案が受け入れられれば、その結果は深刻なものになるだろう。ロシアのウラジーミル・プーチン大統領に対する逮捕状が発行されたウクライナの子どもたちの連れ去り事件など、国際刑事裁判所で係争中の事件は、ロシアが再び正当化されれば信頼性を失う可能性もある。ロシアと中国のG7への参加を認めれば、他の独裁政権が力を得て、民主的な同盟の抑止力が低下する。G7が内部分裂を起こす可能性は十分にあり、気候変動やサイバーセキュリティー、貿易摩擦といった国際問題に取り組む能力を弱めることにもなりかねない。
トランプ大統領のG7サミットからの突然の離脱
世界で最も深刻な問題が話し合われようとしていた矢先、トランプ大統領はG7サミット初日の夜に突然退席し、米国に帰国した。だが、トランプ大統領は米国ではなく、米国が民主主義国家であることに変わりはない。同大統領が合法的に行われた2020年の大統領選挙の結果を覆そうとして21年1月6日に起きた米連邦議会襲撃事件などを思い起こしてみよう。同大統領は現在、疑わしい根拠に基づいて国内の大学を攻撃している。この行為は民主主義の規範をないがしろにしている。
一方、米国には報道の自由があり、裁判所が法の支配を執行し、大学をはじめとする機関が憲法を尊重する民主主義国家だ。司法の独立、言論の自由、透明性のある選挙といった基本的な安全装置は、これまで度重なる試練に見舞われてきたにもかかわらず、トランプ大統領の権威主義的な衝動を抑え込み、民主主義の秩序を維持してきた。
G7の民主主義的な遺産を守るために
1970年代に主要国の連合体として設立されたG7は、経済力以上のものを代表している。参加国は、市民の自由、報道の自由、開かれた社会、法の支配を体現している。ロシアや中国のような国家をG7に加えることは、その性格を根本的に変えることになる。敵対国との戦略的関与は正当な外交手段ではあるが、テーブルを挟んで問題を議論することと、同じ敵対国を迎え入れることの間には違いがある。ヒトラーと手を組むのではなく、ヒトラーを抑制しようとすべきだ。
ロシアが戦争を終結させ、中国が人権問題を巡る具体的な改革を示すまでは、これらの国々のG7への参加は歓迎されないばかりか、考えられないことだ。ここで、G7サミットは、混乱した世界における安全保障について議論する際に「プーチンの友人」をテーブルに着かせるべきかどうかを真剣に考え直す必要がある。


