食&酒

2025.06.21 12:30

過激な劇場型レストラン 「アルケミスト」のシェフの頭の中

「アルケミスト」のラスムス・ムンクシェフ

「アルケミスト」のラスムス・ムンクシェフ

プラネタリウムのように映像が投影されるドーム型のダイニングルームで、目玉を模ったキャビア料理や、輸血パックに真っ赤なチェリーソースを入れた料理を提供する。センセーショナルな劇場型レストラン「アルケミスト」を手がけるラスムス・ムンクシェフ。今、彼の目は、ひとり5400デンマーククローネ(約12万円)の人気店だけでなく、さらにその先の未来を向いている。

フリーズドライの「蝶」を食す

アルケミストのアプローチは先進的だ。到着すると、受付でおしぼりを受け取り、スタッフからの挨拶を受ける。そして、レストランに入る前に、真っ暗な部屋に通される。

テーマは「時間」。室内で歴史的な瞬間の写真が映し出される数分間のスライドショーのような動画が流されるが、よく見ると顔の部分が自分たちの顔に差し替えられている。来店後に顔写真が撮影され、スタッフと会話しているわずか数分の間に、AI合成で動画が作成されるのだ。

筆者の訪問時の映像の一部。AIの進化によってフェイクニュースが簡単につくられる世の中への警鐘を鳴らしている。
筆者の訪問時の映像の一部。AIの進化によってフェイクニュースが簡単につくられる世の中への警鐘を鳴らしている。

食というのはもともと最もプリミティブな部類に属するものだが、1970年代のヌーベルキュイジーヌ、そして1990年代のスペインの料理革命によって科学的なアプローチが加わった。今、ムンク氏は科学のみならず、AIを取り込むことで、新たな食体験を生み出しているといえるだろう。

AIという新しい要素を取り入れながらも、彼の原点は「エル・ブジ」のフェラン・アドリア氏が生み出した、科学技術と料理の世界を融合し、感情を動かす「テクノ・エモーショナル料理」にある。

2024年に行われた「エル・ブジ」とのコラボレーション
2024年に行われた「エル・ブジ」とのコラボレーション

おいしく、感情を動かす。ムンク氏はさらに、社会的なメッセージを届けることを目指す。料理にはそれぞれに「監視社会への警鐘」「代替タンパク質」「海のマイクロプラスティックの問題」「食料危機」「カカオ栽培における児童労働」といった名がつき、人が避けがちな深刻な問題に食というフィルターをかけ、ポジティブに心に届け、アクションにつなげることを狙っている。

敬愛する「エル・ブジ」同様に40皿以上の料理を提供するが、料理とは呼ばず「インプレッション(印象)」と呼ぶのがアルケミストの特徴で、冒頭のAI動画のように、実際に食べない体験もインプレッションに含まれる。

最も印象的なものの一つが、イラクサを食べて育つ本物の蝶をフリーズドライにして作った「蝶」という料理だろう。枝の形のオブジェの上に飾られた蝶のインパクトは絶大だ。

蝶を食べるのに抵抗がある人も少なくないだろうが、アルケミストで提供されるのは、毒性がないかきちんと調べて養殖されたもので、安全性はきちんと確認されている。実際に食べてみると、乾燥させた葉野菜のような印象で、下にあるクリームやイラクサの薄いキャンディと相まって、シャンパーニュともあうアミューズに仕上がっていた。

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文・写真=仲山今日子

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