テクノロジーの進化により、起業のハードルはかつてないほど低くなっている。とりわけ生成AIの登場は、非技術系の起業家にとっても、起業コストを抑えながら一歩を踏み出しやすい環境を生み出している。さらに、シリコンバレーではテック業界のレイオフの嵐が吹き荒れる中、優秀な人材が起業へと転じる動きが加速している。
こうした「起業家の民主化」が進む中で、それを支えるベンチャーキャピタル(VC)業界にも、「ベンチャー投資の民主化」と呼べる変化が起きている。本稿の前編では、その流れとともに、新興VC(いわゆるマイクロVC)の台頭について、筆者自身の体験も交えて紹介する。後編では、代表的なマイクロVCであるHustle Fund(ハッスル・ファンド)のジェネラル・パートナーShiyan Koh氏へのインタビューを通じて、現場で起きている変化をさらに掘り下げていく。
「スーパーエンジェル」が注目され始めた頃
筆者がハーバード・ビジネス・スクール(HBS)で「起業ファイナンス(Entrepreneurial Finance)」を学んでいた2010年前後、とりわけ印象に残っているのが「ベンチャー投資の民主化」をテーマとした授業だった。
当時、「スーパーエンジェル」という言葉が注目を集め始めていた。従来のVC業界は、ごく限られた著名ファームがディールを排他的に共有する閉鎖的な世界だった。しかし、起業コストの低下とスタートアップの急増を背景に、少額出資を行うエンジェル投資家の存在感が増していった。
その中でも、趣味の域を超えて本格的に投資活動を行うエンジェル投資家は「スーパーエンジェル」と呼ばれるようになった。彼らは多くの場合、起業経験や人脈、資金力を兼ね備え、次世代の起業家を後押ししていた。筆者のHBSの同級生のひとりは、入学前に某著名スタートアップをエグジットして得た資金をもとに、夏のインターンシップで伝説的スーパーエンジェルのRon Conwayに師事していた。
ちょうど同じ頃、2010年に登場したエンジェル投資プラットフォーム「AngelList」も、エンジェル投資の裾野を広げる一助となった。特に「シンジケート」機能により、少額でも簡単に共同出資ができる仕組みが整い、投資の知見を持つ個人がリーダーとなって投資を主導する動きが広がっていった。
こうした流れの中で、それぞれの得意分野を活かしながら、正式に外部LP(リミテッド・パートナー)からの出資を受けて運用される小規模VCファンドが登場し始めた。これが、現在「マイクロVC」と呼ばれる新たな投資家層の台頭につながっていった。



