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2025.06.18 16:00

イスラエルがイランに未曾有の爆撃継続、民間人の被害拡大 「80年代より苛烈」との見方も

イランの首都テヘランで2025年6月13日、イスラエルによる攻撃で破壊された住宅用建物(Majid Saeedi/Getty Images)

クウェリーは、イスラエルによるイランの都市に対する現在の攻撃は1980年代のイラン・イラク戦争よりも、近年のイスラエルとレバノンのイスラム教シーア派組織ヒズボラの戦争と比べるほうが適切だと考える。「戦略的に見ると、現在のダイナミクスはイラン・イラク戦争よりも、イスラエルによるレバノンでの戦争に似ています」

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「より具体的に言えば、イスラエルは『ダヒヤ・ドクトリン』へと移行しつつあるようにみえます。これは、圧倒的な武力を行使し、意図的に民生インフラを攻撃することによって、敵対勢力に広範な混乱を引き起こし、経済的コストを負わせ、それを通じて抑止を図るという軍事戦略です」(クウェリー)

1980年代にイラクは空爆やミサイル攻撃でイランに多数の死傷者と大きな破壊をもたらしたが、こと戦争末期には、実際の死傷や物的損害以上に、イラン国民に与えた心理的影響のほうが大きかったと言えるだろう。1987〜88年には、イランの国民も指導部も、フセインが軍用機から投下するかミサイルに搭載するかして、致死性の化学物質をイランの人口密集地に対して大量に使用するつもりではないかと本気で恐れていた。この恐れは、けっして根拠のないものではなかった。1987年6月28日、イラク軍機はイラン西部の西アザルバイジャン州の都市サルダシュトにマスタードガス爆弾を投下し、130人が死亡、約8000人が負傷した。

イラクはさらに1988年3月16日、自国のクルディスタン地域東部の国境の町、ハラブジャに対しても致死性の化学兵器による攻撃を加え、クルドの民間人5000人を殺害した。犠牲者の大半は女性と子どもだった。現在にいたるまで、民間人に対する1度のガス攻撃では史上最多の死者を出したものとなっているこの攻撃は、イラン国民にも衝撃を与えた。

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当時、イラン軍の総司令官代理を務めていたアクバル・ハシェミ・ラフサンジャニ(のちのイラン大統領)は後年、「イラクはハラブジャで、もし明日タブリーズが同じように攻撃されても、われわれには何もできないということを示したのです」と振り返っている。

アジジは「イラクのハラブジャ、イランのサルダシュトでのサダムによる化学兵器による爆撃は、非常に大きな心理的影響を及ぼしました」と説明する。「サルダシュトは『イランのヒロシマ』のような場所(原注:実際、両都市の間には交流がある)であり、わたしたち(同:イラン人)はこうした視点からサダムや、イラクとの戦争を見ています」

そのうえで、アジジはこう警告する。「しかし、イスラエルによる今回の攻撃も広い範囲に及んでいて、すでにあまりに多くの民間人を殺害しています。こうした攻撃をさらに長く続ければ、イスラエルもまた同じような見方をされることになるでしょう」

forbes.com 原文

翻訳・編集=江戸伸禎

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