経営・戦略

2025.06.14 11:00

米メタが2兆円出資でAI新興のCEO獲得、業界の注目は「超知性ラボ」以外の波紋

スケールAIの共同創業者でCEOのアレキサンダー・ワン(Photo by Drew Angerer/Getty Images)

スケールAIの共同創業者でCEOのアレキサンダー・ワン(Photo by Drew Angerer/Getty Images)

米メタがデータラベリング(データのラベルづけ)大手のScale AI(スケールAI)の株式49%を、150億ドル(約2.1兆円。1ドル=144円換算)規模で取得することで合意したというニュースが報じられた。この取引でスケールAIの共同創業者兼CEOのアレキサンダー・ワンは、優秀な従業員と共にメタに移籍し、新設される「スーパーインテリジェンス(超知性)」に特化した人工知能(AI)ラボのトップに就任するとされる。しかし実は、ここで問題視されるのは、超知性ではない。

AI大手は、貴重なデータがメタの手に渡る可能性を危惧

今回の出資で危惧されているのは、データラベリング分野の支配的プレイヤーだったスケールAIが、数多くのAI大手やスタートアップのAIモデルの訓練を支えてきた貴重なデータの詳細をメタと共有するかもしれないことだ。

スケールAIのある元従業員は、匿名でフォーブスに明かした。「多くの顧客が、今すぐ関係を断ちたがっている。スケールAIは、メタの一部になった時点でビジネスが完全に崩壊する」。

スケールAIの最も著名な顧客のひとつ、OpenAIは、すでに同社との取引を縮小させていると事情に詳しい4人の情報筋が語った。そのうちのふたりによれば、OpenAIは数カ月前から他のパートナー候補を精査しているという。しかし、スケールAIの広報担当ジョー・オズボーンは、OpenAIが同社への支出を削減したという見方を否定した。

英紙フィナンシャル・タイムズは、メタがこの取引でスケールAIの評価額を280億ドル(約4兆円)としたと報じたが、この予想外の動きは、社内に混乱をもたらし、従業員たちは動揺していると先の元従業員は述べている。ほとんどの契約は、プロジェクト完了後にデータを削除することが定められているものの、メタが過去のスケールAIのプロジェクトにどの程度アクセスできるのかについて懸念する社内の声もあると、その元従業員は付け加えた。

競合にはチャンス、中立的なパートナーを求める声高まる

一方、スケールAIの小規模な競合は、今後のデータやプライバシーの利害関係の衝突を懸念する顧客の取り込みに力を入れている。「スケールAIを使わなくなった顧客からの需要が、すでに大きく流れ込んでいる」と、評価額20億ドル(約2880億円)のMercor(メルコア)のブレンダン・フーディCEOは語った。Invisible Technologies(インビジブルテクノロジーズ)共同創業者のフランシス・ペドラザは、同社が独立性を維持する姿勢を貫くとフォーブスに語った。

また、以前からOpenAI、Anthropic(アンソロピック)、グーグルなどにトレーニング用データを提供しているTuring(チューリング)は、これを機に自社を中立的なデータ提供者に位置付けることを狙っている。同社のジョナサン・シダースCEOは、「すべてのAIラボを公平に支援できる、中立的なパートナーを求める声が顧客から上がっている」と語った。

さらにスケールAIの競合他社に出資しているある投資家は、「この取引によって他の企業がスケールAIの空白を埋める新たな機会が生まれる」と指摘した。

ビジネスモデルの陳腐化と品質への疑問

専門性の高い人間の手作業によって生み出された高品質なラベリングデータは、強力なAIモデルを訓練する上で不可欠だ。そのため、OpenAIやAnthropicなどのAI大手にとって、AI競争における参入障壁として機能してきた。

2024年に8億7000万ドル(約1252億8000万円)の収益を上げたスケールAIは、Cohere(コヒア)、OpenAI、マイクロソフトなどに人力でラベル付けした大量のデータを供給することで、データラベリング市場のトップに躍り出た。しかし、メタが同社のほぼ半分を所有することになれば、状況は大きく変わる。

スケールAIは、主に海外に拠点を置くクリックワーク労働者を動員して、膨大なデータに意味づけや文脈を与えることでAIモデルに学習させる役割を担い、事業を拡大した。しかし、こうしたサービスは今ではコモディティ化している。「誰でもチームを組めば参入可能で、最終的には価格競争になる」と、2023年データラベリング市場から撤退したあるスタートアップ共同創業者のケビン・グオは述べている。

またあるAI大手の幹部は、スケールAIが「もはや、ありふれた請け負い企業の一社に過ぎない」と語った。先の匿名の元従業員は「彼らは大げさな約束をし、過剰に売り込み、結果としてしばしば約束を果たせない」と述べている。

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編集=上田裕資

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