企画展、芸術祭、フェア、コレクションなど多彩な話題が飛び交うアートの世界。この連載では、毎月「数字」を切り口にアートの旬な話、知られざる裏側をお届けしていく。 DICとアート・建築分野での協業を発表した国際文化会館の理事長に文化交流の未来を聞いた。
ロスコ・ルームが六本木にやってくる。しかも、SANAAがその建築を手がける── 。
休館を目前にDIC川村記念美術館のその後が注目されるなか、3月12日、DICと国際文化会館による協業の発表は明るいニュースとして受け止められた。DICの池田尚志社長は同日の会見で、両者の出会いを「奇跡的」だったと語ったが、その背景には、国家間の対立が深まるなかで、アート・デザインを通じた文化交流の拡充に動き始めていた国際文化会館の構想があった。
1952年設立の国際文化会館は、「多様な世界との知的対話、政策研究、文化交流を促進し、自由で、開かれた持続可能な未来をつくること」をミッションに掲げ日本・アジア太平洋地域の平和と繁栄に貢献してきた。文化交流の力については、会館設立に貢献したジョン・D・ロックフェラー3世の来日エピソードから読み取れる。
吉田茂元首相との戦後交渉の際、麻生邸で日本美術のコレクションを見た彼は、その美しさに感動し、次の言葉を残したという。「他文化の知識を深めることは、それ自体で価値があるが、それだけではない。他文化を知り、敬意をもつことで、その文化の人々も尊重するようになる」。
平時であれば政府間の外交が機能する。しかし「地政学的な転換点を迎えている今、会館の取り組みが問われている」と、2019年から理事長を務める近藤正晃ジェームスは、シンクタンクによる民間外交、アート・デザインによる文化交流の2軸の強化に注力してきた。
2022年には民間のシンクタンク「一般財団法人アジア・パシフィック・イニシアティブ」と合併。 隣接する六本木五丁目地区の再開発と連動する新西館の建設も発表した。プリツカー賞受賞者のSANAAが設計し、既存の本館と庭園に融合するように建つ2棟では、シンクタンク部門とアート・デザイン部門を発展させていく。
「国家間の対立が深まり、互いに不信感がある場合、会議室で政策の議論をするだけで進展を望むことは困難です。和解のためには相互の尊重につながる文化交流が、遠い道に見えながら、実際は突破口になります。アート・デザイン分野の強化に取り組むなかで地政学的な緊張が増し、スピードを上げるべく協業先を探しているなかでDICとのご縁を得ました」
企業のアート事業は、短期的利益に繋がらないと機関投資家に責められたり、「オーナー企業だからできる」と見られたりしがちだ。近藤はこの協業を機に、企業アートの関係、アートによる社会的価値の創造についての研究や発信もしていきたいという。
「今の状況はかつてのスタートアップ投資に近いのかもしれません。富裕層の道楽といわれていたものが、新たなファイナンス手法が開発され、社会全体で高く評価される分野となりました。アート・デザイン分野でも同様に、新たな仕組みをつくれるのではないでしょうか。ロスコとSANAAとこの歴史ある場所で、世界水準のチャレンジをしていきたいです」
近藤正晃ジェームス◎公益財団法人国際文化会館理事長。マッキンゼーの経営コンサルタント、NPO法人TABLE FOR TWOの共同創設者、内閣府参与、ツイッター本社副社長兼ツイッター・ジャパン会長、シリコンバレー・ジャパン・プラットフォーム共同議長などを経て2019年より現職。



