1. 「境界線」を設定したら見放される
この思い込みは、境界線を人とつながるためのツールではなく脅威に変えてしまう。あなた自身自のニーズを主張することは、人を遠ざけることになると思い込んでしまう。そのため、あなたは正直さを調和と交換し、「ありのままの自分」を人に認められるために差し出してしまう。本心では「ノー」なのに「イエス」と言い、黙って不快感を我慢し、その過程で平和を保つために自分の意見を封じてしまう。
他人を操るような人や利己的な人があなたを利用する
他人を操るような人や利己的な人はこのような思い込みに目ざとい。こうした人は支配し続けるために、あなたが見捨てられることを恐れていることを利用する。あなたが自己主張をしようとすると、以下のような反応をするかもしれない。
・罪悪感をあおる:「あなたは変わった」などと言う
・感情面で距離を置く:「じゃあ、もう行くよ 」などと言って揺さぶりをかける
・怒る:「よくも私に向かってそんなことが言えるね 」などと言って脅す
これらは場当たり的な反応ではない。条件付けだ。あなたが発言すれば罰を受け、黙っていれば物事は「平和」に保たれるという状況にもっていく。
専門誌『Journal of Personality and Social Psychology(ジャーナル・オブ・パーソナリティ・アンド・ソーシャルサイコロジー)』に掲載された2014年の研究は、愛着スタイル(人間関係の築き方の傾向)が不安型の人がなぜ境界線を設定するのに苦労するのかを理解するのに役立つ。他人を操るような人は対立や批判に直面すると、あなたが罪悪感を覚えるよう、心が傷ついたことを強調することが多い。
こうした行為は一時的に親密さを保ち、安心感を与えるかもしれないが、徐々に双方のウェルビーイングを損なう。やがて関係に対する相手の満足感は低下する。これにより、親密さは保たれるが、信頼性が犠牲になるという痛ましいパターンに陥る。
このような動きが繰り返されるうちに、自分を失うことと他人とつながっていることを結びつけるようになる。つながっているというより、囚われているような関係に感じられるようになる。
思い込みから卒業し、自由になるための方法
多くの場合、このパターンは幼少期の体験からくるものだ。従順でなければ愛や安全が得られなかった場合、あるいは自分のニーズを表現することが対立や拒絶につながっていた場合、つながりを保つために本当の自分を抑制することを学んだ可能性が高い。そうした姿勢は過去においては適応力だったかもしれないが、大人になるとそれは自己消去となる。
このパターンを卒業するための方法は以下の通りだ。
・境界線を再定義する:境界線は人を閉め出すための壁ではないことを理解する。むしろ、適切な人を受け入れるドアのようなものだ。人に最後通牒を突き付けるものではなく、自尊心の行為だ。
・思い込みを見直す:「自身の限界を尊重したために相手が去って行くのだとすれば、その人は私という人間のためにいるのではなく、私が与えるものだけのためにここにいるのだ」と自分に言い聞かせる。
・小さなことから主張し始める:謝らずに「ノー」と言う。気まずさを感じても、自分が優先したいことを伝える。相手があなたの限界を尊重するのか、それとも腹を立てるのかに注意を払う。
・自問する:「この関係は、私がニーズを表さないことで成り立っているのだろうか」「本当の自分でいるよりも相手に好かれている方が安心するのだろうか」 「自分を捨てずに相手を失望させるとどんな気分だろうか」などと自問する。
覚えておいてほしいのは、健全な人間関係ではあなたの「ノー」は受け入れられるということだ。むしろ、あなたの「ノー」を必要とする。自分を主張したときに相手が去っていくなら、その人はあなたのウェルビーイングに真に向き合っていなかったことになる。


