「界隈」の時代に、何が「ポップ」になりうるのか?

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ズレ=弱点ではなく、ズレ=魅力として翻訳されたことが、anoという存在の特異性だ。そして今や、そのズレは誰にとっても“何かしら思い当たる”感覚として共感されるようになっている。「あのちゃん、わかる」「自分もそういうとこあるかも」といった解釈が自然に受け入れられ、さらには音楽活動を含む表現全体が彼女のキャラクターと地続きになったことで、SNS・TV・ライブ・広告……あらゆる領域に出現する「あのちゃん的なるもの」がポップカルチャーとして定着したのである。

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ここで重要なのは、本来anoがもち合わせていた「ズレ」という独自の魅力や個性が、その意味を失わないまま、広く共有される存在へと翻訳されていった点だ。界隈の時代においては、熱量がマスへと開かれていくと同時に、その本質が大衆的な別物へと意訳されてしまうことも多い。ある漫画がアニメ化されたとき、あるアーティストが突然ヒットしたとき──そうした場面で、かつての界隈の支持者たちが熱を冷ますことは少なくない。「売れたら終わり」という言い方の背景には、翻訳による誤読への不信感がある。以前のポップと今のポップを比較すると、そうした「売れ」に対する解像度はより高く、視線はよりシビアになっているように思う。だからこそ今は、いかに熱量を保ったまま、価値の中身を損なわずに翻訳していくかが重要なのだ。

昨今、特定の界隈からポップな存在へと開かれていった人々は、多くが「翻訳」と「熱量」の両立に成功している。例えば、先日のコーチェラ・フェスティバル2025で世界に衝撃を与えた日本人7人組ガールズグループ・XGも、その一例だ。K-POP的な訓練を経た圧倒的なスキルと日本人女性が世界に挑む姿勢は、「国境を超える自己実現」という記号へと翻訳され、熱狂的エネルギーと化し多くの人々に響いている。いうなれば、界隈時代におけるポップとは「文脈を変えても熱が冷めない設計」のことを指すのかもしれない。


つやちゃん◎文筆家、プロデューサー。一般社団法人B-Side Incubator理事。さまざまな書籍やメディアで執筆活動を展開、企画や監修も手がける。最新刊『スピード・バイブス・パンチライン』(アルテスパブリッシング)が話題に。

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文=つやちゃん

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