「消極的自由」より「積極的自由」を
かつて日本では、Spotifyなどのストリーミングサービスの普及が海外に比べて遅れていたが、この10年で状況は大きく変化している。サブスクリプションを通じてスマートフォンで音楽を聴く習慣がようやく定着し、ヒップホップやボカロミュージックといったジャンルが若年層から熱い支持を得るようになった。PC一台で楽曲制作が可能になり、TuneCoreのような配信サービスも普及したことで、聴くことはもちろん、つくることや届けることまでが誰にでも開かれるようになったのだ。
「イギリスの政治哲学者、ジョン・グレイの『消極的自由』と『積極的自由』という考えに影響を受けている。簡単に言うと、消極的自由は環境などの制限から自由になることで、積極的自由は自分自身が本当にやりたいことをできるようになるという違い。音楽でいえば、楽曲をPC一台でつくれるようになった、自分で配信ができるようになった、というのはあくまでも消極的自由の獲得で、重要なのは、結局それで何をやりたいのかという積極的自由の実現だと思っている」
一方で、積極的自由を貫こうとすると既存の音楽業界の構造とズレが生じることが多いが、遠山は次のように話す。
「若い音楽アーティストやそれをサポートする人たちの間でも、『さすがにこの契約とかやり方っておかしくない?』という空気を感じるようになってきた。海外のパートナーやエージェントと話をしていても、日本の音楽業界は構造が見えにくく寡占状態が続いているといわれる。新規事業者が参入しにくく、商慣習が固定化されている。
例えば、デジタル配信が中心になった今でも原盤権の多くをレコード会社がもっている状況、契約書のひな型も長年変わっていない。三者間契約の名残も根強く、事務所に所属していないとメジャーレーベルと契約できないことは今でも日常茶飯事だ。うちでは原盤権を100%アーティストにもたせたまま、活動収益の70%をアーティストにレベニューシェアしている。毎月の活動やプロジェクトにかかわる売り上げや経費はすべて公開し、アーティストの承認を得てから精算をする。でも、そういう感覚的に当たり前のことをやる会社が日本には全然ない」
こうした業界構造の固定化は、興行のあり方にも大きくかかわっている。SNSが台頭したといえど、アーティストがその活動内容を正当に評価してもらうためには、やはり一定のライブハウスでのパフォーマンスが求められる。特にロックなどのジャンルでは、ライブハウスを起点に活動規模を拡大していくかたちが主流であり、国内のJ-POPシーンで売れていく王道のかたちとして長年定着している。またそのプロセスでイベンターやイベント制作会社に注目してもらうことも活動の規模を拡大させていくうえで必須事項となる。
だが、ヒップホップのシーンはまったく異なるルートで成長してきた。「ヒップホップは、活動拠点がライブハウスではなくクラブ。夜の文化、水商売に近い場所から生まれたシーンで、これまでの音楽業界とは別の空間で育ってきた。マイク一本とUSBがあればたとえステージがなくても楽器に詳しいスタッフがいなくても、全国どこでもライブができる。
SNSの台頭などによるプロモーションの民主化や楽曲流通の民主化も大きな変化だったが、興行という観点でこれまでと違った空間を活用し、既存の商習慣にとらわれなかった点がいちばんクリティカルだった。CANTEENは設立初期から既定の慣習に近いような自主企画のイベントとクラブを中心とした興行、そして予想もできないような場所で行うゲリライベントやライブを並行し続け、ファンの熱量を保ち続けてきたことが功を奏した」


