では、どうすれば、我々は、このリズム感とバランス感覚を身につけ、磨くことができるのか。
そのための最も効果的な方法は、リズム感やバランス感覚の良い上司や先輩と一緒に仕事をし、そのしなやかなリズム感や絶妙なバランス感覚を傍らで見て、その呼吸を掴み、体で覚えることである。
昔から「師匠とは、同じ部屋の空気を吸え」という名言があるが、優れた上司からは、ただ傍にいるだけで、この二つの能力を掴むことができる。
筆者は、新入社員の時代、「営業の達人」と評される上司の隣で仕事をしていたが、その上司のリズム感の良い電話応対や、絶妙なバランス感覚の商談交渉に、仕事をしながら、じっと耳を傾けていた。
また、この若手社員の時代、後にこの会社の社長となる専務の海外出張では、しばしば「かばん持ち」を務めたが、この専務からも「同じ部屋の空気を吸う」ことで、実に多くを学ぶことができた。
いま、若手の時代と述べたが、実は、この二つの資質を磨くもう一つの方法は、「失敗」をすることである。例えば、商談で、「ああ、ここまで押すと失敗するのか」という経験を積むと、次第に「ここまで」という線が直観的に分かるようになる。だが「失敗」が許される若手の時代から、それを恐れ、決して踏み込むことをせず、常に無難に仕事に処してきた人材は、しなやかなリズム感も、絶妙のバランス感覚も、決して身につけることはできない。
そして、我々が理解しておくべきは、この二つの資質が、「エゴの問題」と深く結びついていることである。なぜなら、この二つの資質は、「相手の心を細やかに感じ取り、相手の心の動きに合わせることができる能力」だからである。
それゆえ、リズム感やバランス感覚の悪い人材は、表面的には穏やかで謙虚そうな姿を見せていても、実は「エゴ」が固く、心の姿勢が「自分中心」であるため、「相手中心」に考え、振る舞うことが出来ない人材であることが多い。
こう述べると、逆説と思うかもしれないが、人間の表層に囚われない深い心理観察もまた、人間学の要諦であり、マネジメントの叡智に他ならない。
田坂広志◎東京大学卒業。工学博士。米国バテル記念研究所研究員、日本総合研究所取締役を経て、現在、21世紀アカデメイア学長。多摩大学大学院名誉教授。世界経済フォーラム(ダボス会議)専門家会議元メンバー。元内閣官房 参与。全国8800名の経営者が集う田坂塾塾長。著書は『人類の未来を語る』『教養を磨く』など100冊 余。tasaka@hiroshitasaka.jp


