マンハッタンの摩天楼から2時間、そこに隠された「もうひとつのニューヨーク」がある。
夕暮れ時のハンプトンズ。グレート・ギャツビーの舞台として知られるロングアイランド内にある高級別荘地で、ひとつの光景が静かな革命を物語っている。テラスに集う人々の手には、100点満点を誇る重厚なカベルネではなく、軽やかなロゼグラスが輝いている。「私たちのワイナリー」と愛されるその一杯は、ワイン界の価値観を根底から変えつつある。
100点神話の終焉─ミレニアル世代が描く新しいワイン地図
世界のワイン市場を揺るがす価値観の転換——その最前線にニューヨークがいる。若年層のワイン離れや健康志向による消費量減が話題となる中、ワインを選ぶ基準そのものが変化しているのだ。世界一の消費大国アメリカにおいて、この変化を象徴するのが、ベビーブーマー世代とミレニアル世代の価値観の違いだ。
ワイン評論家ロバート・パーカーに代表される「100点満点の濃厚ワイン=高評価」という評価軸は、かつてワイン選びの絶対的指針だった。しかし今のミレニアル世代は、造り手との繋がりや訪れた土地の記憶といった個人的なストーリーを重視する。SNS時代の彼らにとって、「行ったこともない100点ワイン」より「ハンプトンズで毎年訪れるワイナリーのロゼ」の方が、ライフスタイルとしての魅力を放つのだ。
この潮流に絶妙にフィットするのが、ニューヨーク州産ワイン(NYワイン)である。摩天楼のマンハッタンを抱くニューヨークシティには州人口の約4割・800万人が集中するが、面積では州全体のわずか1%弱に過ぎない。約14万平方キロメートルという広大な州は、実は全米第3位のワイン生産地。日本とほぼ同数の500近いワイナリーが点在し、その多くは家族経営の小規模生産者だ。
二大産地は、カナダに程近いフィンガーレイクスとマンハッタンに隣接するロングアイランド。指を広げたような五大湖周辺のフィンガーレイクスでは、厳しい寒さを湖が和らげ、リースリングをはじめとする白ワインが名高い。一方、海洋性気候でより温暖なロングアイランドは「NYのボルドー」とも称され、メルローやカベルネ・フランなどボルドー品種の赤ワインが7割を占める。
「NYワインの魅力は、そのみずみずしさとソフトなテクスチャー。親しみやすく、身体にすっと馴染むような感覚があります」そう語るのは、NYワインのプロモーションに携わるニューヨークワイン&グレープ財団日本オフィス代表の別府岳則氏だ。世界のワイン産地の中でも冷涼な気候を持つNYのワインは、生き生きとした酸味と低めのアルコール度数、何より軽やかな飲み心地が特徴。まさに現在のワイントレンドの申し子といえる。
