日本で唯一泊まれる国指定名勝
「例えば、伝統的な産業でいうとお菓子は今も昔も元気ですね」と五島がいうとおり、南蛮貿易の頃から長崎を中心とした北部九州は名菓の産地。ご存じのように、カステラや金平糖などがポルトガルによってもたらされ、鎖国の時代も長崎と小倉を結ぶ長崎街道が砂糖の通り道であったため、オランダや中国の菓子の製法とともに街道沿いに広まった。江崎グリコの創業者である江崎利一や森永製菓の創業者である森永太一郎がこの街道沿いから生まれたのも偶然ではない。
明治維新後、今度は台湾から砂糖が入って来るようになると、製糖所がおかれたのが北九州の門司であったため、福岡にダイレクトに入ってくるようになる。折しも八幡製鉄所や炭鉱で働く労働者たちの旺盛な需要もあって、吉野堂の「ひよこ」や千鳥屋の「千鳥饅頭」などの銘菓が筑豊地方にある飯塚市から誕生した。
そして現在、東京でも行列ができるほど人気の「鈴懸」もまた博多発の和菓子店だ。1923年創業なので既に100年企業であるが、この鈴懸には伝統の価値を高める学ぶべき工夫が多くあると五島はいう。
「ここは、生菓子が中心なので日持ちはしませんが、本当に美味しいものをつくっておられます。代表の中岡生公さんとは個人的にも親しくさせてもらっていますが、中岡さんが選んでいる箱籠や掛け紙がちょっとした心の豊かさを提供してくれるんです。例えば、いま(4月下旬)は菖蒲の懸け紙。こうした季節感を味わってもらいたい、お客様に喜んでもらいたいという強い想いも人気の秘密なのでしょうね」。
ちなみに、この掛け紙を描いた神戸智之氏は、太宰府天満宮の式年大祭の襖絵24画を描いた日本画家で、依頼された際に土地の空気を感じたいと大宰府に移住し10年かけて描き上げた。今や福岡でも知られた存在になっており、同じ岐阜出身で江戸時代に博多で愛された禅画で知られる仙厓さんとは絵の方向性こそ違うものの、これから同じように地域から愛されていくのかもしれない。
鈴懸と同様に伝統や歴史など、心を豊かにする価値をビジネスに転嫁させているのが、「柳川藩主立花邸 御花」。福岡南部の水都、柳川にある料亭旅館で、経営するのは、かつて豊臣秀吉が東西無双の者として本多忠勝とともに激賞した戦国武将、立花宗茂の末裔だ。7000坪の敷地全体が国指定名勝になっており、FFGは2025年1月の宿泊棟リニューアルに関わった。
「結婚式や宴会などで知られていましたが、何しろ日本で唯一泊まれる国指定名勝ですからね。リニューアルでその価値を高めています」と五島氏はいう。柳川は川下りや鰻のせいろ蒸しなど、豊かな食や観光資源が多くあるものの福岡市内とのアクセスが良さから、これまで日帰り客が多かったが、リニューアルによって「ここにしかない価値」を再認識させることに成功している。


