フェムテック分野の起業家として脚光を浴びてきた江連千佳。今、挑むのは「科学・技術の社会実装におけるジェンダーギャップの解消」だ。
「起業なんて考えていなかったですし、ずっと行き当たりばったりです」
ピロウ代表取締役の江連千佳は、笑いながらそう話す。2020年、当時大学生だった江連は、コロナ禍による外出制限を強いられるなか、部屋着として直ばきできる女性向けショーツのアイデアを着想。東京都主催のビジネスコンテストで創業資金を獲得し、クラウドファンディングも成功すると、21年3月に「“おかえり”ショーツ」の販売を開始した。従来のショーツのような締めつけ感や蒸れといった悩みを解消する同商品は、当時流行していた「フェムテック」の先駆けとして数多くの雑誌やテレビ番組で紹介され、急速に販売数が伸長。一時は納品まで2カ月待ちの大ヒット商品になった。
だが24年3月、江連はこのショーツ販売事業を売却する。きっかけは、体調を崩して経営から離れた期間、解決したい社会課題に思いをはせたことだった。「プロダクトを通じて、ジェンダーギャップ解消に貢献したいと考えていました。でも解決には、問題の構造に直接アプローチするやり方があるのではと思ったんです」。
江連は当初、会社の清算も考えたが、“おかえり”ショーツを求めるユーザーの声は根強かった。その声に応える方法を探し、たどり着いたのがソーシャルM&Aだ。経済的な利益に加え、社会的価値の向上を売り手・買い手ともに志向するM&Aを指す。「自己資本で黒字経営を続けてきたから実現できた」と、江連は振り返る。
江連は24年6月、会社を非営利株式会社化し、社名変更した。剰余金配当や残余財産分配を定款で制限する非営利株式会社は、資本家へのリターンに代わり社会課題解決に向けた事業に利益を再投資できるかたちだ。そして、事業内容も、「科学・技術の社会実装におけるジェンダーギャップの解消」を目指し、教育機関や団体、企業と連携しながら、コミュニティ運営、調査研究、政策提言へと変えた。ジェンダード・イノベーションという観点からの研究開発を志す若手世代が集うイニシアチブ「Blend」の運営、スタートアップ関連イベント向けのハラスメント防止に向けたガイドラインのフォーマット公開などを行う。こうした取り組みは、明確な正解があるわけではなく、迷いや葛藤を抱えながらも、実践と対話を重ねてかたちにしてきたものだ。諦めずに「できることから変えていく」姿勢を江連は大切にしている。
江連は現在、東京大学大学院の修士課程に在籍し、起業経験を踏まえ、フェムテックの社会的影響について研究している。今後は博士課程にも進学を目指す。江連が見据えるのは「真に女性のための技術が実装可能な環境を整備すること」。研究者×起業家というキャリアで、多様なセクターと連携し、多くの人の「心地よさ」が尊重される社会に向けて歩んでいく。「世界を変えることが、ときに過剰な痛みと引き換えにされてしまうなかで、『心地よく生きること』が、構造への静かな抵抗となりうると信じている。だから私は、自己犠牲を前提としない、ヘルシーな起業家でありたい」
えづれ・ちか◎非営利株式会社ピロウ代表取締役。2000年生まれ。東京大学大学院修士課程在学。21年、Essayを起業し、代表取締役に就任。24年、事業をソーシャルM&A、Essayを非営利株式会社ピロウに変更し現在に至る。



