アート

2025.06.11 17:30

「ディストピア」こそ創造性の源泉│市原えつこ

展覧会『ディストピア・ランド』/ Yujiro Ichioka

期間中、アート系インフルエンサーがTikTokで本展を紹介したことをきっかけに、展示はZ世代にも急速に広がった。当初は意図していなかったが、戦争や環境危機、経済的閉塞感、SNS疲れなどをデフォルトに育った彼ら彼女らが抱える「地獄」の感覚に共鳴したのではないか。

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また、多様な専門家を招いてディストピアを多角的に読み解くレクチャーシリーズ「ディストピアの学校」も開催。そのなかで強く印象に残ったのが、脳科学者・中野信子氏のお話だった。「人間は、なぜ歴史上さまざまな形で終末の物語を求めてきたのか?」という問いに対し、「終末的なフィクションを好む傾向のある人々が、実際にパンデミックのような未曽有の事態においても比較的冷静に対応できた」という研究事例を紹介。さらに中野氏はラット実験を例に挙げ、完全な無菌状態で平和なユートピア的環境では、逆に生物はゆるやかに自滅や衰退に向かうと語った。人間をはじめとする生物は、危機や困難と共存することで生存本能を刺激され、生き延びる力を強化してきたのだろう。理想主義的なワイマール憲法がナチスの台頭を可能にしたように、美しすぎる理想や理念は、むしろ脆弱性を生み出す危険をはらんでいるのかもしれない。

こうした考察は、日本と結びつけるとさらに興味深い。日本は地震や津波、台風といった自然災害と繰り返し向き合いながら、そのたびにコミュニティや社会の再生を繰り返してきた。そんな環境下で育まれてきた日本人は、ある種の臆病さや不安症的傾向を内包しながらも、同時に非常に粘り強く、しぶとく生き延びる力が発達している。ある意味ではこの国は、ディストピアとの共存のしかたをすでに潜在的に知っているとも言える。

本プロジェクトを通じて感じたのは、ディストピアとは「絶望的な終着点」ではなく、むしろ人間の創造性を開く入り口になりうるということだった。「最悪」を見つめることは、「最善」を望むこととは違う方向から私たちを希望へと導いてくれる。その「希望」とは、混沌の時代をどうにか生き延びようとするしぶとさや工夫、そして笑いや皮肉すら交えた人間らしさのなかにこそ宿るのかもしれない。今後も私は、ディストピアというテーマを通じて、未来への感性を耕すような活動を続けていきたい。それは不安定な時代を生き抜くための、免疫と耐性を育むことを目指すアートである。

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市原えつこ◎美術家。東京藝術大学大学院を首席で修了。日本的な文化・習慣・信仰を独自の観点で読み解き、テクノロジーを用いて新しい切り口を示す作品を制作する。近年は森美術館や東京都現代美術館などで作品を発表。

文=市原えつこ

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