科学研究のマクロ経済学
政府が研究費を投じた場合の経済成長への影響は、単にふたつのグラフを重ねるだけでは把握しにくい。研究予算は不況期(例:2009年)や世界的ショック(例:1970年代のオイルショック)を受けて増加しやすく、生産性はイノベーションに数年の遅れをもって反映される場合が多い。また政治的な不確実性が混乱要因として加わり、原因と結果を切り分けるのは難しい。これを経済学では「識別問題」(identification problem)と呼ぶ。
最近、アンドリュー・フィールドハウスとカレル・メルテンスという2名の経済学者が、この識別可能性の問題にアプローチした。彼らは、NIH、NSF、NASA、米エネルギー省(DOE)のような主要な科学機関への、短期的な経済状況とは無関係な毎年の資金変動、すなわち歳出ショックに関する新しいデータセットを構築した。これは、何十年にもわたる議会報告書をレビューし、景気循環とはまったく関係のない理由で資金が急増または急減した時期を特定することによって行われた。経済状況とは無関係な政策変更は外生的であると分離され、計量経済分析において操作変数(instrumental variables)として使用され、公共研究開発投資が経済生産高にどれだけ貢献するかを推定し、その影響をインフラ支出や景気循環のような他の要因から分離した。
この手法により、国防目的以外の研究費が長期的な生産性成長に及ぼす純粋な影響を測定できた。
彼らの研究成果で特に重要なのは、公的研究開発資本が経済産出に与える弾力性の推計である。わかりやすく言えば「政府の研究開発支出が増えたとき、どれだけ経済が伸びるか」という係数だ。フィールドハウスとメルテンスは、この弾力性を「研究開発がGDPに占める割合」と照合し、投資リターンとして換算した。すると、仮定によって異なるが、140~210%の範囲に収まる結果が得られた。しかも、研究開発投資が生産性をどう押し上げるかを時系列で直接推定する別の手法でも同様の数字が得られたのである。2種類のアプローチで同じ結論に達したことは、この研究結果の信頼性が高いことを示している。
これが単なる分析上の偶然でないことを確かめるため、彼らは時間差の取り方や前提条件、操作変数の有効性などを何通りも試し、一貫して結果が維持されることを確認した。政府による基礎科学への投資はアイデアの創出にとどまらず、現実の経済成長を生み出すと考えられるのだ。


