米国の長期的な経済成長が脅かされている。議会では2026会計年度(FY2026)の基礎科学向け予算を大幅に削減する案が検討されており、その中には米国立衛生研究所(NIH)からの約180億ドル(約2兆6000億円)削減と、米国立科学財団(NSF)からの約50億ドル(約7200億円)削減が含まれている。
このNSFの解体にも等しい提案は、こうした大幅な削減が本当に財政上の節約になるのか、それとも将来的により大きな負担を生むだけなのかという差し迫った疑問を突きつけている。答えは明白である。これらの削減は経済全体に数十億ドル(数千億円)規模の損失をもたらす。
根拠は何か。新たなマクロ実証研究によれば、国防目的を除く公的研究開発(R&D)に1ドル(約144円)投じるごとに1.40~2.10ドル(約202円〜約302円)の経済効果が生まれる。第二次世界大戦以降、政府のR&D予算が米国の生産性の約20%を支え続けてきたことも示されている。
本稿では、公的な研究投資が重要な理由、どのような証拠に基づいているのか、そして米国にはさらなる研究投資を拡充しにくい、どのような政治的要因があるのかを検証する。
結論として、NIHとNSFの削減だけでも、最終的に米国の生産高を毎年少なくとも100億ドル(約1兆4400億円)を奪うことになる。
政府が基礎研究に資金を投じる理由
政府が基礎科学研究に資金を投じるのは、民間だけでは十分な投資が行われないからである。原因は「市場での失敗」にある。基礎研究によって生まれる知識は拡散しやすく、元の企業を越えて競合他社にも利益をもたらす。こうした「知識のスピルオーバー(知識が元の開発者から他者に波及する現象)」は経済全体には好ましいが、研究費の回収をめざす個別企業には不利である。製品のように特許化や販売が容易なわけではなく、基礎的な科学知識は広く共有されやすいため、民間部門は投資を控える傾向にある。
経済学者たちはこの問題を早くから指摘していた。1959年、ランド研究所(RAND)の経済学者ディック・ネルソンは、企業が基礎科学に十分投資しないのは、成果の多くが社会全体に広がり、自社だけの利益を取りこめないからだと理論づけた。こうした社会的リターンこそ、公的研究開発が高い価値を持ちながら、民間任せでは供給不足になる所以でもある。
公共科学資金を理解するには、研究がどのように分類されるかを理解することが役立つ。NSFは研究開発を3つのカテゴリーに分けている:
・基礎研究:特定の実用目的を念頭に置かず、知識そのものを進展させる
・応用研究:定義された問題を解決したり、製品を開発したりすることを目指す
・実験的開発:得られたアイデアを商業的なツールやプロセスへ転換する
投資のパターンは明確で、まさに私たちが想像するとおりだ。民間企業は圧倒的に開発に焦点を当て、研究開発費1ドル(約144円)のうちわずか6セント(約9円)しか基礎研究に振り向けていない。対照的に、非国防公共研究開発は1ドルのうち34セント(約49円)を、上流のイノベーションパイプラインを維持する基礎研究に割り当てている。この上流基礎研究に、民間部門は依存しているものの自ら資金を提供することはしていない。
民間部門は基礎研究における役割を強化してきたが、市場インセンティブは依然として、企業が即座の商業的見返りのないアイデアにどれだけ投資するかの足かせになっている。公共資金は長い間、科学的発見の初期段階を支えてきた。そして何十年もの間、基礎研究への資金の多くはNIHとNSFを通じて流されてきた。