フランスの三つ星レストランで修業した32歳の料理人・糸井章太が、石川県の山間地で腕を振るう。 オーベルジュ オーフは、過疎化が進んだこの地に人を呼び込む「目的地」となった。
「廃校をレストランにするなんて、三つ星を狙うシェフは普通やらないですよね。でも僕は面白いと思った。前例がないことだから」
そう語るのは、32歳の若き料理人・糸井章太だ。フランスの三つ星レストラン「オーベルジュ・ド・リル」などで研さんを積み、26歳で日本最大級の料理人コンペティション「RED U-35」最年少グランプリを受賞するなど、輝かしい経歴をもつ。
そんな糸井がシェフとして2022年から腕を振るうのが、霊峰白山を望む石川県小松市の静かな山あい集落にある「オーベルジュ オーフ(Auberge“eaufeu”)」。小松空港から車で30分ほどのところにある、18年に閉鎖された小学校の校舎を改築したレストラン(兼宿泊施設)だ。この土地でしか味わえない食材を使って彼が生み出す「特別な一皿」は、過疎化が進んだこの場所に国内外から美食家たちを呼び寄せ、それまでになかった新たな人流や関係性を生み出す“磁場”となっている。
「過疎が進んだ地域に人を呼び込むには、マイナスの人の流れをプラスに変える大きなパワーが必要です。“食”には目的になれる吸引力がある。よくあるような廃校活用ではなく、“食”を中心に地域に人を呼び込み、雇用を生み出し、文化を創造する。そんな場所をつくりたかったんです」

「西尾小学校」の文字が残された校門をくぐり“元校舎”に足を踏み入れると、カフェスペースの奥に、元職員室を改築したレストランの空間が広がる。館内のそこここには、現代美術家・小川貴一郎のアートが飾られており、踊り場や手洗い場など、かつて小学校だった面影も随所に残る。ノスタルジックな雰囲気とモダンなデザインが融合した心地よい空間だ。階段を上がると、かつて教室だった場所はラグジュアリーなホテルの客室に姿を変え、窓の外をみると、日本遺産にも認定された日華石の採石場が歴史を感じさせてくれる。

“意味のある料理”をつくりたい
「世界のトップレストランなら、それが東京にあろうとニューヨークにあろうと北海道のへき地にあろうと、どこであってもお客さんは来てくれる。トップレストランを目指すのに、場所は関係ない」
そんな思いから、京都出身の糸井は「メゾン・ド・タカ 芦屋」で働いていたコロナ禍に、ゆかりのなかったこの地に移住することを決めた。ちょうど地方のガストロノミーが注目されていた時期でもある。「都会のレストランでは、世界中から最高級の食材を取り寄せておいしい料理をつくることができる。でも、僕はそこにあまり興味がなかった」と糸井は語る。
「五島列島の魚も北海道の乳製品も確かにおいしい。でも、おいしい食材でおいしい料理をつくるのは当たり前。僕がつくりたいのは、時間とお金を使ってでもわざわざここに食べに来たくなる『意味のある料理』です」