ナイアンティックが目指す「原点回帰」
ナイアンティックは今後、エンタープライズ事業にすべてのエネルギーを集中できる。たとえそれが、最大の収益源を手放すことを意味したとしてもだ。
実は、ハンケCEOは同社のこの動きを「原点回帰」に位置付けている。彼は、2001年に衛星画像のスタートアップのKeyhole(キーホール)を共同創業し、2004年にグーグルに約3500万ドル(約50億円)相当の株式交換で売却した後にグーグルのマッピング部門を率い、2010年にグーグル内で小規模なゲーム部門としてナイアンティックを立ち上げた。
その2年後にリリースした位置情報ゲーム『Ingress』が人気を博したことを受けて、ナイアンティックは、2015年に独立企業としてスピンアウトした(グーグルはナイアンティック・スペーシャルにも出資している)。そして、2016年に登場したのが『ポケモン GO』だった。現実世界にバーチャルのポケモンを配置するこのゲームは、世界で何百万人もの人々を屋外へと誘い出し、各地でミートアップやイベントが相次ぐブームを巻き起こした。
そして今、このゲームの運営から手を引いたナイアンティックは、すでに触れた「視覚測位システム(VPS)」などの中核技術を外部の企業向けに展開する方針だ。「このテクノロジーは、Eコマース企業が重要な配送が完了したことを確認するような用途にも活用可能だ」と、ナイアンティックの最高技術責任者(CTO)のブライアン・マクレンドンは述べている。さらに、2021年に買収したアプリの「スキャンアバース」も、空調機器メンテナンス企業の技術者が遠隔で状況を把握し、仮想空間上に注釈を加える目的などで利用可能という。
政府や軍事関連の企業も顧客に
エンタープライズ向けの事業に舵を切ったナイアンティックは、すでに一握りの新たな顧客を抱えている。シンガポール政府観光局もそのひとつで、世界最大のガラス温室「フラワードーム」の拡張現実ツアーに同社の技術を活用している。間もなく開始予定のテストプログラムでは、来場者が着用したヘッドセット内に、さまざまな花の種に関する情報を表示する計画だ。
ナイアンティックはまた、米国の政府機関や民間企業向けに技術コンサルティングを提供するブーズ・アレン・ハミルトンとの契約を通じて、物流やマッピング関連のツールをさまざまな企業に提供していく。「当社は政府や公共セクターなどの幅広い顧客層をターゲットにしており、そこには軍事関連が含まれる可能性がある」とハンケは述べた。ただし彼は、「当社は兵器システムの開発には関与しない」と、一線を引くことを強調した。
ナイアンティックは、ゲーム部門を切り離した後も、スコープリーが所有する『ポケモン GO』へのARマップの提供を今後も継続する。このことは、同社がゲームの位置データへのアクセスを今後も維持することを意味する。「当社がデータにアクセス不可能になるわけではない。ただ、このゲームが今後どのように進化するかは、我々のコントロール外になるということだ」と、マッププラットフォーム担当のトリー・スミスは説明した。
一方、一部の人権活動家たちは、サウジ政府のビデオゲームやエンタメ関連への投資が、同国が抱える人権問題から人々の目を逸らせるための取り組みだと批判している。これに対しハンケは、「そのような意見については考えたし、社内で議論もした」と語った。「私は、独自の調査や現地で一緒に仕事をした人々との関わりの中で、サウジという国が、より開かれた自由な社会を目指していると感じた。そのため、この取り組みを前に進めることにした」と彼は話した。
ナイアンティックは、ゲーム事業の売却とAI分野への本格参入を祝うために、5月初旬に本社の向かいにある高級地中海料理店の「Sens」でパーティーを開催した。その場でハンケや社員らは、ここ何年かの思い出や社内での出来事について語り合い、これまでの会社に別れを告げたという。
とはいえ、ゲーム部門の社員も遠くに行くわけではなく、徒歩圏内にあるスコープリーのオフィスに移動する予定という。「オフィスに置かれていたポケモンのぬいぐるみも一緒に引っ越すことになりそうだ」と、ハンケは語った。


