経営・戦略

2025.05.25 13:00

ヴェルサーチェは新たな章へ、「ドナテラ後」のブランドの行方

2018年春夏コレクションのフィナーレ、ロングドレスをまとった元祖スーパーモデルたちとドナテラ・ヴェルサーチェ・2017年(Davide Maestri/WWD/Penske Media via Getty Images)

さらにジャンニは、キャットウォークに登場したモデルたちを広告キャンペーンや(商品を映像コンテンツの小道具として登場させる宣伝手法の)プロダクト・プレイスメントに起用。他者に先駆け、セレブリティたちをショーに招き、最前列で観覧してもらう手法も取り入れた。

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また、1982年にはパリ国立オペラ座で開いたショーで、新素材のOroton(オロトン)を使用したアイテムを含むコレクションを発表した。チェーンメール(鎖帷子)と滴り落ちる水銀を思わせる超軽量のこのメタルメッシュは、実際には何色にも染色することができる。だがジャンニは(1997年秋冬オートクチュール・コレクションに見られたように)、この素材を主にシルバーとゴールドに染めて使用した。「オロトン」はスーパーモデルの魅力とともに、ヴェルサーチェの代名詞となっていった。

イタリア・ミラノで開催されたショーの後、ランウェイに登場したジャンニ・ヴェルサーチェとドナテラ・ヴェルサーチェ・1994年(Photo by Vittoriano Rastelli/CORBIS/Corbis via Getty Images)
イタリア・ミラノで開催されたショーの後、ランウェイに登場したジャンニ・ヴェルサーチェとドナテラ・ヴェルサーチェ・1994年(Vittoriano Rastelli/CORBIS/Corbis via Getty Images)

そのほかジャンニは、レザーとシルクも多用した。一方、オートクチュール・コレクションに素材としてビニールを使用したことは、大きな議論を巻き起こした。1994年の「秋冬テクノグラマー・ショー」では、ポリ塩化ビニール(PVC)のコーティングを施したシルクを使用、1995年秋冬オートクチュール・コレクションでは、ディアマンテビーズのアップリケを飾り付けたPVCとラテックスを使ったドレスやスーツを発表した。

1989年に創設した世界的なオートクチュール・コレクション、「Atelier Versace(アトリエ ヴェルサーチェ)」は、ジャンニにとって自らのアイデアを試すための実験の場だった。このコレクションを活用して、ジャンニはバレエや舞台用の衣装なども発表した。

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また、それと同じ年に立ち上げたディフュージョンラインの「Versus Versace(ヴェルサス・ヴェルサーチェ)」は、その運営をドナテラに任せた。ヴェルサーチェはその後も成長を続け、ますます多くの人々を魅了していった。

家族を見舞った悲劇

1997年7月15日、ジャンニは米フロリダ州マイアミの自宅「カーサ・カジュアリーナ」の外で射殺された。世界を揺るがしたこの悲劇を受け、ブランドはすぐにサントを新CEOに任命。1989年からディフュージョンラインの運営を担当していたドナテラはヘッドデザイナーとなり、その後、クリエイティブ・ディレクターとなった。

俗に言われるとおり、誰でも何が起きようと、歩みを止めるわけにはいかない。ジャンニの突然の死からわずか3カ月後には、コレクションの発表が控えていた。そして1998年春夏コレクションもそれまでどおり、ミラノのジェズー通りにあるヴェルサーチェの「パラッツォ」の中庭で、発表された。

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編集=木内涼子

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