本稿で述べるのは、この予測不可能な時代に資産を増やす、あるいは少なくとも資産を守るための方法である。政治批評の試みではない。悲しいことに、バランスシートを見るだけで投資すべきかどうかを判断できた時代はとうに過ぎ去った。今日、すべてはホワイトハウスの出方に大きく左右されている。
数週間前、私は米国の関税がどれほど悲惨なものになるかについて書いた。市場は暴落し、国債はぐらつき、大惨事が迫っているように見えた。その後、ホワイトハウスはその路線を一時停止し、関税の引き上げを先延ばしにしたことで、市場はまるで関税の話がなかったかのように反転した。そして米国時間5月14日、対中関税はバイデン政権下(20%前後)よりも低いレベルの10%まで引き下げられた(数字はニュースによりまちまちで、BBCは30%と報じている)。
つまり、対中関税は145%から10%へと、90日間の休戦のために崩壊したのだ。
話を戻そう。そもそも、このような乱暴な関税の意図は何だったのだろうか。 最終的にどの水準に設定されるにせよ、高い関税は貿易バランスを調整し、米国の貿易赤字を解消するためのものだとされている。しかし、最終的なゴールはそこではない。製造業を米国に取り戻すこと、つまり「世界の工場」、もしくは少なくとも「世界の工場の1つ」として米国を再興することであり、それに伴う地政学的な意味合いもあった。
関税を導入すればうまくいくかもしれないが、歴史的に見れば懐疑的にならざるを得ない。しかし、経済的に大きな痛手を負うリスクを厭わないのであれば、このアイデアに一定のメリットがあることは理解できる。しかし、金融市場はこのアイデアに「ノー」を突きつけ、騒ぎ立てた。
その結果、関税はバイデンの時代よりも下がり、数週間前の状況とはかけ離れた休戦状態にある。関税がこの水準にとどまるなら、貿易赤字はさらに悪化するかもしれない。
休戦後はどうなる?
短期的には、中国から米国への輸出は増加することが予想される。中国から米国への商品を輸送するには約70日かかるため、企業は90日間の休戦期間が終わる前に在庫を補充できる。このため、高い関税によるサプライチェーンへのショックはさらに先送りされることになる。米国の港に到着する商品の数は、わずかな変動にとどまるだろう。つまり、関税引き上げによるインフレの波は限定的なものにとどまるということだ。
では、その後はどうなるのか。考えられるシナリオは2つある。
シナリオA:高い関税を再導入し、かつての貿易戦争路線に戻る
シナリオB:新しく設定された低い関税が維持される。おそらく、以前の20%よりもさらに低く、10%程度を維持することになる(何しろトランプ大統領のことだ)。
シナリオAでは、株式市場は暴落し、景気後退あるいは恐慌に陥り、インフレ率が跳ね上がることになるだろう。米国は製造業を復活させるための代償として、経済的な地獄を歩むことになる。それは歴史的な時代になるだろうが、良い意味ではない。
シナリオBは、米国にとって「成長を目指す」シナリオとなるだろう。理屈はこうだ。
米国は低賃金の雇用を増やすことを望んでいるのではなく、シリコンバレーで生み出されるような雇用を望んでいる。目標は、ハイエンドの製品はすべて国内で製造し、ローエンドの消費財は海外に任せることだ。そのために、アメリカは成長を必要としている。誰も声高には言わないが、それは低金利、ドル安、インフレ率の上昇を意味する。関税はすでにインフレを引き起こしている。
また、このシナリオにおいては政府支出を急激に削減する必要もない。ただ、膨らむスピードを抑えるだけでいい。経済成長率が上がれば、収入の増加ペースが支出のそれを上回り、財政赤字は縮小する(少なくとも理論上は)。ビル・クリントン前大統領はインターネット・バブルの時代に財政黒字を達成したのだから、関税に関する政策とは違い、この考え方には成功の前例がある。結局は財政難に逆戻りする古びた戦略である一方、貿易赤字と財政赤字を垂れ流しながらも、米国を1人当たりGDP(ドル換算)で最も高い国にしたのも、この戦略なのだ。
ドル安による貿易赤字の是正は、結局は関税に似ている。



