つまり、データそのものが間違っているという可能性を除けば、このデータに対する説明として2つが考えられる。
1. 米国は経済面ですばらしい成績を上げている
2. ドルが高すぎて、ドルで計算される1人当たりのGDPの数字が歪んでいる
GDPはもちろんドル建てである。各国は自国通貨でモノを作るから、米国はドルでモノを作る。そして、もし円が暴落すれば、ドル建てである日本の1人当たりのGDPも暴落する。
つまり、ドルが強すぎるために、米国はドル紙幣を輸出し、その代わりに世界は安いモノを米国に送っているのだ。輸出された通貨は、自国通貨建てでは豊かであるように見える。そのために、米国もドル建てのGDPでは豊かであるように見えるのだ。しかし、貿易赤字という出血を伴って。
これは、私たちの観察と矛盾しない。しかし、この状況は持続不可能なものではないだろうか?
その通りだ。だから、ドルは今後下落して当然なのだ。
しかしそこで議論は終わらない。米国は世界から借金をする必要があるため、国債を買ってもらってドルを自国に引き戻すためには、ドルの金利を高く保つ必要がある。このシステムは、世界中が米国の紙吹雪を別の紙吹雪と交換することを要求している。究極の交換は、米国債と輸入品の交換だ。紙とモノの交換は、悪い取引ではない。
しかし、そうした状況がもたらす結果はこうなる。あらゆるものが国内で作られず、経済を動かすエンジンは、金融工学と「hege-onomics」のみになる。この言葉は私がたった今作り上げたものだが、意味は通じるだろう。この言葉の意味は、基軸通貨の地位を維持し、世界のボスであり続けるために、通貨を刷って紙吹雪で物を買い、負債を増やし続けることを指す。
間違いなく、このシステムはうまくいっているし、今もうまくいっている。しかし結局のところ、金融工学だけで同等の先進国とのGDP2.5倍の格差を維持することはできない。格差は縮まる運命にある。
ドル円レートの過去の推移を見てみると、私には1ドル=110円程度が自然な落ち着きどころのように思える。そうなると、日本の1人当たりのGDPは5万ドル(約700万円)程度まで増加する。格差は縮まった。しかし、この数字は現在のGDPほど違和感があるものではないが、それでも日本で散歩して見える景色とは違うように感じる。1ドル=80円という、2010年代半ばにつけた円の高値で計算すると、1人当たりのGDPは7万ドル(約1000万円)に近づく。そして、米国と日本の格差がなくなるのは1ドル=60円となる。
同じ理屈は他国でも適用できる。ドルが安くなれば、1人当たりのGDPの数字は、私たちの感覚とより近くなるのだ。


