アートで狙う「アイデンティティの確立」
そのほか、米国で同様の取り組みを行っている開発プロジェクトには、以下のようなものがある。
フロリダ州マイアミの集合住宅「Wynwood 25」:2009年にオープンした美術館「Wynwood Walls」により、周辺地域を生まれ変わらせた都市再生プロジェクトは、その後も同地域の不動産開発のけん引役となっている。先鋭的で、壁画アートにあふれた同地区の美学的思想が、若い居住者やクリエイターたちを引き付けている。
そうしたトレンドに乗って開発されたWynwood 25を手がけたデベロッパーたちは(アーティストたちの協力を得て)、建築やブランディングに大型の壁画を取り入れるなどしている。
非営利団体「Artspace」:住居がある敷地内にスタジオやパフォーマンス・エリア、ギャラリース・ペースなどを設けた物件を開発し、アーティスト向けに手ごろな価格で提供している。
この取り組みは、近隣の地区の活性化とジェントリフィケーション(再開発による都市の富裕化)の加速によって失われることが多い、「地域の文化が持つ本来の価値・意味(真正性)」の維持につながっている。
ワシントンD.C.の高級集合住宅「The Guild」:「ギャラリーでの暮らし」をうたうこの物件では、地元のアーティストたちとの提携し、共用エリアに複数の作品を展示している。
カリフォルニア州オレンジ郡の複合開発プロジェクト「Park & Paseo」:賃貸契約と物件販売において、プロモーション戦略に敷地内の大型インスタレーションを活用。競争が激しい賃貸市場でのマーケティングにおいて、関心を集めることに役立てている。
不動産開発の新たなモデルに?
The Uptonでは、周辺の自然環境も「アート」の対象となっている。アトランタを拠点に持続可能な農業を支援してきたNatural Born Tillers(ナチュラル・ボーン・ティラーズ)との提携により、約230平方メートルのスペースを使って有機栽培を行う(屋上菜園、ブルーベリー果樹園を造成したほか、料理用のハーブなどを栽培)。
また、居住者たちにはアーティスト・イン・レジデンス・プログラムに参加するシェフのジャスティン・ディクソンが手掛ける料理を通じて、「garden-to-table(菜園から食卓へ)」の体験も提供されている。
アートとサステナビリティ、そしてコミュニティの構築を融合させること、つまり物件を一つのエコシステムともいえる枠組みの中に組み入れることは今後、居住用不動産の開発の新たなモデルになっていくのかもしれない。提唱する人たちの間では、より豊かで、より多くの人とのつながりを持てる暮らしの実現につながるとみられている。


