ご存じのように「ななつ星in九州」は大ヒットとなり、「世界一の豪華列車」という夢もアメリカの出版社コンデナストが発行している旅行誌『コンデナスト・トラベラー』で、21年から3年連続で世界一を獲得して実現した。
成功した理由を尋ねると唐池は「古宮さんのことからわかるように、『新規事業こそエースを投入せよ』。これができれば事業はうまくいきます。要は、エース投入というのは社長の本気の表れなんですよ。社長が本気なら、周囲もその事業を応援します。新しい事業は大概、売り上げが小さい。だから、どうしてもエースを中核事業に残しがちです。でも、それではうまくいかない。これが私の哲学です」。これはM&Aでも同じ。「ドラッグイレブンの歴代の社長も全部エースです。今のJR九州の役員の多くがドラッグイレブンの社長経験者か、同じくM&Aでグループ会社になったキャタピラー九州の社長のいずれかです。よく出向すると外されたと思う風潮がありますが、当社は若手の社員に聞いても出向に行きたいという。グループ会社、子会社に出ることで成長できますからね」
では、M&Aというのは何を買うかよりも、誰をトップに起用するかが大事なのかと唐池に尋ねると、何を買うかでいえば、もちろん相乗効果もあるが、それだけではなく「相性」が大事だという。「例えば、鉄道会社はベーカリーや居酒屋と相性がいい。どういうことかというと、かつて鉄道会社の現場は大半が24時間勤務。夜中に4時間くらい寝るだけの一昼夜交代だったんです。だから、深夜まで働く居酒屋や朝3時ぐらいからパンを焼く仕事は、時間の感覚が鉄道と似ている」という。
唐池ほど経験で得た感覚を言語化している人も珍しい。振り返ってみると、社長就任時に唐池が掲げた「3つのおもい」である「誠実」「成長と進化」「地域を元気に」も、JR九州がこれまで歩んできた道から得たものそのままだ。苦難の船出だったが鉄道事業を誠実に守り、多角化で会社を成長させながら、M&Aで進化させ、九州新幹線やななつ星で地域を元気にしていった。
もはや、かつて鉄道事業だけだったころが想像できないと伝えると、「そうですね、変わらざるをえなかったですから。会社もですが、人も。何より、私も多角化の申し子といわれるようになりましたからね」と笑った。


