停電ですべてが止まっても動き続ける水素鉄道
スペインは4月28日正午過ぎ、1951年のSF映画『地球の静止する日』を現代版に再現したような体験をした。この映画では、宇宙人が人類に核軍拡競争をやめさせるため、地球上の電力を止める。スペイン全土をまひさせた大規模停電では、宇宙人は存在せず、単に人的な過ちが原因だった。ところが、結果は不気味なほど映画に似ていた。何もかもが止まってしまったのだ。
スペインをはじめとする欧州諸国の鉄道設備は現在も19世紀に整備された架線電力に依存している。この技術は帝政ロシアで開発されたものだ。かつては飛躍的な産業近代化を象徴していた架線網は、現代では老朽化し、脆弱(ぜいじゃく)性が露呈しつつある。電力網にたった1つの障害が発生すれば、数百キロ離れた場所にも波及し、鉄道網全体がまひしてしまうこともある。スペインでは、まさにそれが現実のものとなった。
広々とした田園地帯に取り残された乗客はまだましだった。トンネルに閉じ込められた人々は、暗闇の中で閉所恐怖症を誘発する試練に直面した。
だが、この世界中の注目を集めた大停電は、スペインが過去20年近くにわたってひそかに研究を進めてきた水素鉄道に新たな光を当てた。水素鉄道は外部の電線に依存する従来の電気鉄道とは異なり、圧縮水素または液体水素を燃料とする。架線は必要なく、送電網にも依存しない。他のすべてが止まってしまっても、水素鉄道だけは動き続ける。
もしスペインで水素鉄道が広く普及していれば、先月の全国的な鉄道のまひは恐らく発生していなかっただろう。それ以上に、水素鉄道はエネルギーの多様化と回復力の大きな飛躍を意味するものであり、この2つは気候変動にさらされている現代の社会基盤が早急に必要としているものでもある。
水素鉄道開発の先駆者スペイン
スペインは完全に油断していたわけではない。実際、同国は水素を動力源とする鉄道の開発に世界で最初に着手した国の1つだ。スペインのカルロス・ナバス博士は2006年、デンマークで開催された第2回国際水素鉄道会議に出席した。その2年後、同博士は自国のバレンシアで第4回会議を主催した。スペイン国営狭軌(きょうき)鉄道企業FEVEは、中国やドイツに先んじて、2011年までに北部アストゥリアス州で水素路面電車の実証実験を行っていた。
スペインが水素鉄道の開発に力を入れる動機とは何か。それは経済だ。人口密度の低い地域が多いスペインでは、欧州でも特に乗客1人当たりの鉄道電化コストが高い。米国に拠点を置く水素鉄道の推進団体ムーアズビル・ハイドレール・イニシアチブのスタン・トンプソン共同設立者によると、スペインの新路線の電化にかかる資本コストは、線路1キロ当たりドル換算で約940万ドル(約13億6000万円)に上る。これとは対照的に、水素鉄道は費用のかかる固定線電化の必要がなく、安価で柔軟性に優れている。
水素鉄道の実用化に取り組んでいるのは、スペインだけではない。ドイツではすでに仏アルストムのザルツギッター工場で製造された水素鉄道車両「コラディア・アイリント」が稼働している。中国は、南部仏山市に水素路面電車を配備した。米カリフォルニア州ではこの夏、サンバーナーディーノとレッドランズ間を結ぶ国内初の水素鉄道が開通する。