日本企業の実例に学ぶマーケットイン
キーエンスの「コンサルティングセールス」×「商品企画」と呼ばれるモデルもマーケットインにあたる。一般的な工業用センサーメーカーがカタログや代理店を通じた販売に注力するのに対し、キーエンスは営業担当が直接顧客の現場に入り込み、未解決の課題を発見する。この密着型のアプローチにより、「市場にまだ存在しない」×「本当に必要とされる製品」を見出すことができる。
たとえば、生産ラインにおいて従来存在しなかったPLCのドライブレコーダー機能は、現場の具体的な課題から生まれた世界初の技術である。こうした独自製品の開発が、同社を「Only1」、さらには複数の分野で「No1」の地位へと押し上げる原動力となっている。
大塚商会のソリューション提案力
大塚商会は、製品販売からITコンサルティング型の事業モデルへと進化させ、中小企業市場で顧客の潜在ニーズを捉える提案で成功している。「たよれーる」などの独自サービスを通じて、業務課題を丁寧にヒアリングし、最適なソリューションをワンストップで提供するのが特徴だ。
強みは、15000種類以上の業種にマーケットインし、解決策を体系化してきた点にある。製造を行わない商社でも、商品と課題の最適な組み合わせによりOnly1のポジションを確立できることを示している。
大手医療卸のソリューションセールス力
競合がひしめく大手医療卸のなかでも、「スピード × マーケットイン」による成果を上げている事例がある。通常は引き合いベースで受注を待つのが慣例だが、大手医療卸のある担当者は、「最近、困っていることはありますか?」と前向きにニーズを聞き出し、「この前インフルエンザの検査薬に欠品が発生していて……」という声を受けて即座に見積もりを提示し、在庫を手配。
結果、競合よりも早く信頼を獲得し、2社購買体制の一角に食い込むことに成功した。インフルエンザの流行や業界ルールの変化といったタイミングに仮説を持って臨み、顧客の困りごとを引き出す。もちろんこのアクションは競合他社でも可能だが、「誰よりも早く、誰よりも深く」顧客の変化に入り込むスピードと姿勢が、共創パートナーとしての信頼を勝ち得る鍵となった。
90日は「備える時間」ではない、「動き出す時間」である
トランプ関税という外部環境変化は、短期的には試練だが、中長期的には事業構造変革の触媒となり得る。「モノやサービスを売る」プロダクトアウト型から、「顧客の課題を解決する」マーケットイン型への転換は、日本企業の国際競争力再構築への道筋を示している。
マーケットイン経営の三段階アプローチは、この転換を具体化するための実践的フレームワークだ。情報収集・分析力の強化、提案力・解決力の向上、組織・人材の変革、経営層のコミットメントといった組織能力の再構築に先行投資できる企業とそうでない企業との間で、中長期的な競争力格差が生じるだろう。
関税という荒波を乗り越え、新たな成長軌道を実現できるかどうかは、いかに迅速かつ徹底的にマーケットイン経営へ舵を切れるかにかかっている。今こそ、その決断と実行が求められているのだ。
田尻 望(たじり・のぞむ)◎大阪大学基礎工学部卒業後、キーエンスにてコンサルティングエンジニア、国内外の販売促進技術として従事。 2017年の創業以来、企業の高収益・高賃金を同時に実現する独自メソッドを開発し、マーケットイン型経営実現のための付加価値戦略コンサルティングおよび人財育成事業を展開。