すべてのアイデアが、連邦政府の支援に値するわけではない。しかし、研究エコシステムを現代化するためのより良い方法は、データ共有の改善や、説明責任の強化、特別プログラムの開発、能力の拡大などであり、信頼されている組織を解体し、不透明で政治的なシステムに置き換えることではない。改革は必要だが、このような形ではない。
科学を軽視すれば、経済が損なわれる
科学分野への投資を削減することのコストについても、明確にしておく必要がある。政治的に中立なダラス連邦準備銀行によれば、政府による非防衛分野の研究開発(R&D)は長期的に150~300%の経済的利益をもたらしており、第2次世界大戦以降、米国の生産性成長の約25%に貢献しているという。
この報告を行なった経済学者アンドリュー・フィールドハウスとカレル・メルテンスは単刀直入に、こう結論している。「したがって私たちの研究結果は、公的資本の配分が適切でなく、非防衛分野のR&Dへの投資が大幅に不足していることを示唆している」
科学分野の公共投資に、無駄になるものはないし、エリート主義も存在しない。むしろそれは、共有される富を推進する、最も信頼できる力の一つであり、共有される富とは、特定の組織や産業だけでなく、社会全体に利益をもたらすものだ。今こそ、その関与を拡大するときであり、決して後退するときではない。
迫り来る頭脳流出が、危機を深刻化させる
そして、科学分野への投資を停滞させるとしたら、その影響は決して抽象的なものではない。人材の喪失、機会の損失、科学的な格差の拡大として現れる。米国は長年、科学人材の獲得競争において、戦略的な優位性を享受してきた。しかし、その優位性は徐々に失われている。
科学誌『ネイチャー』は2025年4月、国外に職を求める米国科学者が急増していると報告した。理由は、資金面の不安定さ、政治的介入、支援制度の不足だ。これは単なる頭脳流出ではない──社会経済システム全体が苦境に陥る前兆だ。
NSFについての真の危機は、非効率性やイデオロギーの偏向ではない。独立した科学に対して、国家が関与を放棄することだ。しかし、そうした関与こそが、米国をイノベーション、教育、発見の世界的なリーダーへと押し上げてきたのだ。そして、パンデミックや気候変動から、AIや国家安全保障まで、いくつもの歴史的な課題に直面している今、米国は後ずさりしている。
米国は、科学を支援する方法を改善できる。透明性、優先順位の設定、コミュニティーへの影響も改善できる。しかしこれらは、機能しているシステムにおける議論だ。現在は、科学のエコシステムそのものが脅威にさらされている。
NSFを解体する必要などない。むしろ、その投資をさらに強化し、長期的な影響を見すえたものに変える必要がある。
つまり、すべての部門を復活させ、ピアレビューを保護し、職員の能力を取り戻し、その独立性を再確認する必要がある。つまり、投資を削減するのではなく、むしろ増やすべきだ。そして、科学政策とは、単に予算を管理することではなく、未来を形づくることだと認識すべきだ。


