久能祐子|フェニクシー 共同創業者・取締役など

ミュンヘン工科大学研究員を経て、1980年代アールテック・ウエノ共同創業。初めてのプロストン系緑内障治療薬となる「レスキュラ点眼液」の商品化に成功。その後、米国でスキャンポ・ファーマシューティカルズ社を共同創業し初代CEO。13年、革新的ワクチン開発を目指すVLPセラピューティクスを共同創業。社会起業家として、米国でS&Rエバーメイ財団を設立し理事長・CEO、居住滞在型インキュベータ・ハルシオン共同創業者・名誉議長、京都でも居住滞在型インキュベータ・フェニクシーを共同創業。米『Forbes』の「アメリカで自力で成功を収めた女性50人」にも3度選出。
南場智子|ディー・エヌ・エー代表取締役会長
1986年、マッキンゼー・アンド・カンパニーに入社。90年、ハーバード・ビジネス・スクールにてMBAを取得し、96年、マッキンゼーでパートナー(役員)に就任。99年にディー・エヌ・エーを設立し、現在は代表取締役会長を務める。2015年より横浜DeNAベイスターズオーナー。19年デライト・ベンチャーズ創業、マネージングパートナー就任。経団連副会長・スタートアップ委員会委員長。
長谷川隆代|SWCC代表取締役(CEO 社長執行役員)
1984年新潟大学大学院修了、昭和電線電纜(現・SWCC)入社。2013年取締役、18年代表取締役・取締役社長、19年代表取締役社長、グループCEO(最高経営責任者)に就任。1936年創業の老舗上場企業初の女性かつ研究職出身社長。電線業界という古い体質の企業における社長就任後、大胆な経営改革を行い、約5年かけて業績をV字回復させ、過去最高益も実現させた。
藤崎 忍|ドムドムフードサービス代表取締役社長
大学卒業後、21歳で結婚し専業主婦に。 39歳の時に夫が病に倒れ、SHIBUYA109のアパレルショップに就職。5年後に退職し、2011年に東京・新橋に居酒屋「そらき」を開店。1 7年にドムドムフードサービスに 入社し、ドムドムハンバーガーの新商品開発などにまい進。18年、入社9カ月で同社代表取締役社長に就任。当時最盛期の10分の1以下まで店舗数が減少し、赤字だった同社の事業再建に貢献。
堀野智子|ポーラビューティーディレクター
18歳で電電公社に勤務し、23歳で結婚。1962年に39歳でポーラの「ビューティーディレクター」(化粧品訪問販売員)の仕事を開始。23年、100歳で「最高齢の女性ビューティーアドバイザー」としてギネス世界記録認定。24年にその記録を更新。個人の売り上げは2024年4月時点で累計約1億2670万円。著書に『101歳、現役の化粧品販売員 トモコさんの一生楽しく働く教え』がある。
村本理恵子|アリススタイル代表
1979年に東京大学文学部社会学科卒業時事通信社で世論調査・市場調査分析に従事。専修大学や法政大学の教授、ガーラ代表取締役会長、エイベックス・デジタル取締役などを務めた後、2016年、61歳でピーステックラボ(現・アリススタイル)を設立。簡単に美容家電やホビー用品をレンタルしあえるスマホアプリ「アリススタイル」を運営。サービス開始5年で年商20億円超に。
キャシー松井|MPower Partners ゼネラルパートナー
ハーバード大学、ジョンズ・ホプキンス大学院卒。ゴールドマン・サックス証券元日本副会長および、日本株ストラテジスト。世界に広まった「ウーマノミクス」の提唱者として知られ、2007年には、ウォール・ストリート・ジャーナルで「10 Women to Watch in Asia」に選ばれた。21年ESGを重視したMPower Partnersを設立し、ゼネラルパートナーに就任。『Forbes Asia』「50 OVER 50:ASIA 2024」選出。
関 美和|MPower Partnersゼネラルパートナー
モルガン・スタンレー投資銀行部門を経てクレイ・フィンレイ投資顧問元東京支店長。メイコーポレーションを立ち上げ、教育関連企業に売却。ピーター・ティールなど起業家のバイブルとなる著書を多数翻訳。大和ハウス工業社外取締役。慶應義塾大学文学部・法学部卒業。ハーバード大学院卒業。21年ESGを重視したMPower Partnersを設立し、ゼネラルパートナーに就任。
小林りん|ユナイテッド・ワールド・カレッジ ISAKジャパン代表理事
モルガン・スタンレー、ベンチャー企業経営、国際協力銀行などを経て、国連児童基金(UNICEF)のプログラムオフィサーとしてフィリピンに駐在、ストリートチルドレンの非公式教育に携わる。08年、インターナショナルスクール・オブ・アジア軽井沢 (ISAK)代表理事に就任。同校は17年8月より、世界で17校目、日本初のUWC加盟校としてユナイテッド・ワールド・カレッジISAKジャパンに。
矢田稚子|内閣総理大臣補佐官(賃金・雇用担当)
1984年、松下電器産業(現・パナソニックホールディングス)入社。2000年松下電器産業労働組合中央執行委員、14年パ ナソニックグループ労働組合連合会、副中央執行委員長、電機連合男女平等政策委員長を歴任。16年参院議員比例代表当選、22年参院議員任期満了。23年9月第2次岸田内閣で内閣総理大臣補佐官(賃金・雇用担当)就任。以後、第1次・第2次石破内閣でも、内閣総理大臣補佐官を務める。


