
FUNagainのインスタグラムに投稿される各アイテムの説明文にも、循環という言葉がトレンドとして消費されないためには、愛着を伝えていく必要があると気づいたと語る高島さんの姿勢が表れています。
アイテムをセレクトするときには、時代やブランド、クリエーター名、市場価格といったバイアスを外して、そのもの自体の作りや、造形、作り手のこだわりなど、それにしかない唯一無二の個性を見いだすように心掛けているといいます。
インスタグラムでひとつひとつ丁寧に書かれた文章を読んでいると、そのアイテムを作ったであろう人、使ったであろう人、そしてそれを届けようとする高島さんの存在が浮かび上がります。モノを介して、時や場所を超えて人と繋がるような温かい感覚があるのです。
もうひとつ気になったのは高島さんのスレッズです。彼がどういった場所でアイテムを仕入れているのか、何を意識してディスプレイしているのか、どのように写真を撮り、加工しているのかといった貴重な情報をかなり詳細に公開してます。
「同じようなお店が増えていくことは嬉しいし、それがこのお店をやる意味でもある。情報の固持だけで自分の地位を守ろうとするのは弱い。情報を開示しても真似できない部分があると自負しているし、負けないように日々頑張ろうと思えます」
この感覚が、FUNagainを軽やか、かつ、深い場所にしているように思いました。まさに新しいラグジュアリーのあるべき姿ではないでしょうか。
自らのステータスとしての「コレクション」なのか、それとも誰かに継ぎ、社会を豊かにする「コモンズ」なのか。「中古」の再解釈がもっと進めば、面白いものが一気に生まれてくるかもしれない。海外ばかり見るのでなく、「中古品の宝庫でありながら、中古品の意味がアップデートされていない」という日本の現状に深く向き合うことは、良いエクササイズのように思いました。
安西さん、「中古品」に関しては、安西さんのブログや著書でも度々考察されているトピックだと存知ています。今、どのようなことをお考えですか?


