マーケティング

2025.05.13 13:30

異端児たちの未来予測 「消費」が変わる。「所有」から「体験」へ

ゾルバ・ザ・ブッダ「不安」という病からの解放

旺季志ずか|脚本家・小説家・演出家

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自らの人生をひとつの舞台とするならば、この人はどれだけの役柄をこなすのか。旺季志ずかのキャリアは女優から出発し、なんと50もの職業を転じてきた。これだけ聞くと、ただ職が安定せず、流浪しているようにも思える。しかし、じっくり眺めてみると、彼女は華麗な経歴のなかで、普遍的な需要を一貫してとらえ続けていることがわかる。

『カラマーゾフの兄弟』『女帝』『ストロベリーナイト』『特命係長 只野仁』など、ヒットドラマを次々に手がける脚本家。10年間、1日の休みもなかった人気作家は、2018年、突如、秋元康プロデュースによる年齢性別不問のアイドルグループ「吉本坂46」のメンバーとなった。髪をピンクに染め、舞台で歌やダンスを可憐に披露し、周囲を驚かせると、その後も起業家、小説家、演出家とキャリアを重ね、昨年には僧侶という肩書が加わった。

「朝起きたら『出家しろ』という啓示が降りてきたのです(笑)」。しかし、腑に落ちるところもあったという。24年、家族や自身の健康に大きな問題が見つかり、つらい日々を過ごしていたからだ。「毎日、『明日死のう』と思って。でも、どうせ死ぬんだったら、今日は一日楽しく生きようと。ああ、めっちゃ笑ってたなあと思えるように」。そんなふうに過ごしていたら、元気になってしまったのだという(後に健康の問題も誤診と発覚)。そして、今の僧侶としての道筋をつくってくれた師との出会い。「その方は、『病気を含めてお前だ。病気があってこその人生を生きろ』とおっしゃったんです」。それで「生きる」と腹をくくった。啓示が降りてきたのはそんなタイミングだった。

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日ごろから多くの人に相談をもちかけられていた旺季は、「みんな大変やな、もっと気楽に相談できる場や仕組みがあったらいいのに」とも思っていた。ふと浮かんだのが、故郷、徳島の大先輩、瀬戸内寂聴だ。老若男女の悩みを聞き、元気にしていくその姿を自分と重ねて、仏門に入ることを自然に選択した。

これまで50もの職業を転じてきた旺季志ずか。脚本家、 アイドル、起業家、小説家、演出家とキャリアを重ね、 2024年には出家。今年1月末には、1日18時間禅堂で座禅に入る1週間の修行へ。
これまで50もの職業を転じてきた旺季志ずか。脚本家、アイドル、起業家、小説家、演出家とキャリアを重ね、2024年には出家。今年1月末には、1日18時間禅堂で座禅に入る1週間の修行へ。

そんな彼女には、大事にしている言葉がある。「『ゾルバ・ザ・ブッダ』という言葉をご存知ですか? インドの神秘思想家OSHOの言葉で、ゾルバは物質的豊かさのなかで欲望の限りを尽くした人、ブッダは精神性の悟りをひらいた人。それらを結合した新しい人間のことを指すのです」。欲も聖も、その両方を等しく享受し、内外ともに自身の存在を楽しむ。「私が目指すのはそれや」、そう思ったのだという。

「ゾルバ・ザ・ブッダ」へ近づくために大切なことは何か。旺季はこう考えている。「自分にうそをつかないこと。本当の安らぎは自身の中にしかない」。

心が安らぐと書く「安心」。地政学的リスクの高まりや、生成AIの急速な進化に伴い人間が果たすべき役割が議論される今、世界中の人々が安心を求めている。それは静的な平安だけを意味するものではない。アイドル活動を通して彼女が実感してきたのは、推し活をはじめ、人々の情熱ややる気を引き出すことで、心に穏やかさを届けることができるということだ。

だから彼女は出家しても、エンタメをつくり続け、作家、劇団主宰者としても仕事をしていく。それらは一見、違うようでいて、目指すところは一貫している。旺季の主宰する劇団のコンセプトは「笑いと涙で世界に目覚めを起こす」。人々の感情を動かし、人間であることを実感させ、この世界を味わい尽くさせる。職のかたちは変われど、旺季は変わらずにエネルギーというエールを送り続ける。これからもずっと。

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文=谷本有香 イラストレーション=ポング(シナジーアート)

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