マーケティング

2025.05.13 13:30

異端児たちの未来予測 「消費」が変わる。「所有」から「体験」へ

「委ねる」ことで得る真の潜在的ニーズ

塩瀬隆之|京都大学総合博物館 准教授

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「自分たちのアイデアや技術を見せたり、相手を探したりするもう一歩の挑戦が足りていないのかもしれません」。日本から世界的なイノベーションが生まれなくなった理由を問うと、京都大学総合博物館 准教授の塩瀬隆之はこう指摘した。システム工学が専門の彼は、インクルーシブデザインやコミュニケーションデザインの研究にも従事している。

相手を探す努力でいえば、過去の失敗事例を見れば明らかだ。テレビはかつて日本のお家芸だった。しかし、例えばインド市場で先に成功を収めたのは韓国企業。インドの人たちは家族や親戚など大勢でテレビを見る。野外の屋台など騒音のなかに設置することも多く、大音量を嗜好する。そのニーズを見いだした韓国企業は、即時に音量を最大化できる機能をつけたことで市場に迎えられた。

「製品の供給側はどうしても技術者のボキャブラリーで伝えてしまったり、価値を決められるのは自分たちだけだと思ったりしてしまうきらいがある」。しかし、それでは真のニーズをつかむことは難しい。「声なき声を拾う観察眼が必要なんです」。

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塩瀬が取り組むインクルーシブデザインでは、子ども、 障がい者など、マイノリティだと考えられてきた人たちをデ ザインプロセスに積極的に巻き込み、課題の気づきからアイ デアをかたちにして普遍的なデザインを導く。
塩瀬が取り組むインクルーシブデザインでは、子ども、障がい者など、マイノリティだと考えられてきた人たちをデザインプロセスに積極的に巻き込み、課題の気づきからアイデアをかたちにして普遍的なデザインを導く。

塩瀬が手がけるインクルーシブデザインでは、マイノリティとされる人の声を増幅させることを心がけている。例えば、車いすの人は、雨の日に傘を差して移動することが難しい。この課題を解決するプロダクトは、ベビーカーを押す家族にも応用できるかもしれない。つまり、大多数に尋ねただけでは聞こえない声に耳を済ませば、当事者さえも気づかなかった新しい価値が創出できるのだ。

「そもそもマーケットの声を聞こうとすればするほど、その意見は最大公約数的なものにしかならない。しかも、アンケート結果などに表れていることは、尋ねる側が聞こうとした範囲で、回答する側が言葉で書くことができる範囲でしかない。その時点で、もはや潜在ニーズではなくなる。だから、まだ数字に表れていないもの、言語化されていないものを感じ取る観察の力がいる」

では、どうしたらいいのか。「相手を頼りにして『委ねる』ということが大切なのではないでしょうか」と塩瀬は言う。「違う立場の人の力を信頼する。いつもひとりで考えたり、自分ですべてできると思っていたりすると、自分が説明しやすいものしか見なくなり、結果として、同じ結論しか見ようとしなくなるからです」。

例えば、塩瀬がかかわる「弱いロボット」の研究では、たどたどしい発話や、物語を忘れしてしまうロボット、人と手をつなぎながらヨタヨタ歩くロボットなど、思わず人が助けたくなるデザインを採用している。不完全性によって他者が介在できる余地が残る、つまり「相手に委ねる」オープンシステムだ。

また、彼がかかわる「ミニフューチャーシティ」というワークショップも興味深い。ドイツで始まった「ミニ・ミュンヘン」から着想を得た、子どもたちだけで運営する仮想都市にデジタル技術を加えたもの。大人が決めることを極限まで減らし、仮想都市での仕事や遊びを子どもたちに委ねることで、大人が懐かしむ風景とは一線を画した新しい都市の可能性が生まれる。仮想都市で買い物をするときに「いいね!」を集められる仕組みを導入した結果、子どもたちは売り上げだけでなく、「いいね!」をもらえるような仕事づくり、店づくりを工夫しだしたという。「資本主義経済」に加えて「ライク・エコノミー」という新しい尺度が生まれたのだ。

このように考えれば、私たちは単純に世界77億人の頼れる相手を有しているといえるのではないだろうか。

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文=谷本有香 イラストレーション=ポング(シナジーアート)

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