マーケティング

2025.05.13 13:30

異端児たちの未来予測 「消費」が変わる。「所有」から「体験」へ

多様化・細分化が進む消費者ニーズに、企業はどう向き合っていくべきか。Fobes JAPAN Web編集長の谷本有香が、これからの商品展開に重要な「視点」を探った。

今、売れているものは、すでに過去の産物である──。そう考えるならば、私たちが見つけるべきアイデアの種は、すでに今この世界のどこかに存在しているはずだ。独自の視点をもち、各分野の第一線で活躍する4人の識者に対して、ものづくりへの哲学を問うた今回の旅。これからの消費者の心をつかむために重要なヒントが見えてきた。


東洋思想に学ぶ価値をつくる「余白」

小野直紀|博報堂 monom代表、YOY主宰

「仏教に興味をもったのは、自分のものづくりを振り返ったときに、西洋思想的な考え方や価値感に染まっていると気づいたからなんです」。そう話すのは、博報堂でプロダクト・イノベーション・チーム「monom」を設立した小野直紀だ。彼が携わった作品は、利便性や生産性の向上といった価値とは異なるものづくりのあり方を提示している。

ウェアラブル英会話教師の「ELI(エリ)」。洋服の襟に つける小型マイクデバイスで、専用アプリと連動して、ユー ザーが日本語で話す内容を記録・解析し、パーソナライズ 化された最適な英会話レッスンを生成する。
ウェアラブル英会話教師の「ELI(エリ)」。洋服の襟につける小型マイクデバイスで、専用アプリと連動して、ユーザーが日本語で話す内容を記録・解析し、パーソナライズ化された最適な英会話レッスンを生成する。

例えば、ウェアラブル英会話教師の「ELI(エリ)」は、洋服の襟につける小型マイクデバイス。専用アプリと連動し、ユーザーが日本語で話す内容を記録・解析し、パーソナライズ化された最適な英会話レッスンを生成する。また、ぬいぐるみにつけるボタン型スピーカー「Pechat(ペチャット)」は、大人がぬいぐるみを通して子どもとおしゃべりする育児アイテム。内緒話をしたり、歌を歌ったりすることで、子どもの心を通わせる力を育む。

「ナーガルジュナが好きなんです」という小野。ナーガルジュナとは、2世紀頃、南インドで大乗仏教の根幹を築き、「空」の論理を確立した高僧だ。「空」の思想は、般若心経の「色即是空、空即是色」で代表的に表されるように、あらゆるものに実体はなく、絶えず変化していると説く。「西洋思想に比して、東洋思想は絶対的なことがない。あらゆるものは縁起、物事の関係値によってできていると。だから、ものづくりで考えたとき、受け取る側によって、用途が変化するなど、余白があるものをつくりたかったんです」。

確かに、これまで世に出されてきたモノや技術は、合理性や論理で説明される西洋的な思想で語られることが多かった。しかし、「東洋的なものは、目に見える現象や物質的な側面の外側に本質があると考える」。テレビを例に取ってみよう。どのメーカーの製品であっても、もはや機能や性能に大きな違いはない。しかし、モノとヒトの関係性でいえば、どう手に入れたのか、誰と何を見たのか、また液晶に書き込まれた子どもの落書きなど、テレビを通して思い出や愛着が生み出され、あわいを含めたすべてが輪郭となる。

「だから、その『外側』から考えるんです。使う側が解釈できる余地を生かすことで、サービスやモノの受け手が価値をつくれるようにする」

そんな彼が手がけたプロダクトは、4年連続で「グッドデザイン・ベスト100」を受賞。社外で主宰するデザインスタジオ「YOY」の作品は、ニューヨーク近代美術館(MoMA)をはじめ世界中で販売され、国際的なアワードも多数受賞している。

「ものをつくることと、消費しない社会が共存すると面白いなと思ってるんです」と小野は言う。もちろん、この言葉の背景には世界的なトレンドとしての環境問題がある。しかし、「日本文化のコンテクストとして考えると、古びたもの、割れたものにも価値を見いだすような、西洋的ではない消費社会のあり方が日本から提示できるのではないか」。ものづくり大国であり、金継ぎのような資源を繰り返し使う技術はじめ、ものを大切にする文化をもつ日本だからこそ、新しい時代の消費を定義できるというわけだ。

「その時のキーワードになってくるのが『修理』だと思います。修理は通常、裏側でなされるもの。しかし、人類の歴史とともに、また道具の発展とともにあった。だからこそ、修理を表舞台にもってくることができたら、壊すという意味を含む『消費』の概念の外側を提示できると思うんです」

日本から発信する「消費しない『消費』」。きっと小野のなかにはすでに構想がある。

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文=谷本有香 イラストレーション=ポング(シナジーアート)

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